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YOSORO連載日本を良くする「仕掛け人たち」“やりたいこと”ではなく“なりたい状態”からキャリアを設計する──けんすう氏が『物語思考』で説く人生の処方箋
“やりたいこと”ではなく“なりたい状態”からキャリアを設計する──けんすう氏が『物語思考』で説く人生の処方箋

“やりたいこと”ではなく“なりたい状態”からキャリアを設計する──けんすう氏が『物語思考』で説く人生の処方箋

2023.11.22
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学生時代から20年以上にわたってコミュニティサイトやメディアなど数々のサービスを生み出し、現在はきせかえできるNFT「sloth」や成長するNFT「marimo」を手がけている、アル代表取締役の“けんすう”こと古川健介氏(以下、けんすう)。9月には、初の自己啓発ジャンルでの著書『物語思考』を上梓した。

「『やりたいこと』が見つからなくて悩む人のキャリア設計術」という副題のとおり、この本では物語の主人公のようにキャリアを考える方法を「物語思考」と題して、そのステップを5つに分けて解説している。なぜ、けんすう氏はいま『物語思考』を世に送り出したのか。「やりたいこと探しの時代を終わらせる」と語る、けんすう氏に話を聞いた。

プロフィール

プロフィール

アル代表 古川健介

1981年生まれ。浪人生時代に大学受験サービス「ミルクカフェ」を立ち上げ、大学在学中にレンタル掲示板「したらば」の運営にたずさわる。早稲田大学政治経済学部卒業後にリクルート入社。地域検索サービス「ドコイク?」のプロデューサー、リクルート・電通・東工大のジョイントベンチャー「ブログウォッチャー」の編集長を務めたほか、コミュニケーションプラットフォーム開発に携わる。2009年に独立して株式会社ロケットスタート(のちの株式会社nanapi)を創業し、ハウツーサイトの「nanapi」をリリース(2014年にKDDIグループにM&A)。2018年にアル株式会社を創業し、現在「アル開発室」を運営するほか、「sloth(すろーす)」でNFT支援も行っている。

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未来の“なりたい状態”から逆算して将来を設計する

──『物語思考』を執筆するにあたり、どのような課題意識があったのでしょうか。

人生やキャリアを考えるにあたって、ここ10年、15年ほどで「やりたいことに夢中になれるといい」という言説が広く行きわたったと思っています。その結果、逆に「やりたいことが見つからない」という悩みを若い世代からとても多く聞くようになりました。「カウンセリングに行っても、やりたいことが見つからない」と、思い詰めてしまう人もいるほどです。

「やりたいことに夢中になる」のはキャッチーな言説ゆえに誰しも当てはまる普遍的な正しさをもっているように感じるのですが、実は多くの人にフィットする考え方ではない。そこで、あえて自己啓発本というジャンルで、「『やりたいことを見つけよう』とするのは終わりましたよ」と、これまでの言説に終止符を打つきっかけになるような本をつくれないかと考えました。

──就職など今後の将来を考える大学生の時期には、「やりたいことは何か」と問われ続けて、一生懸命に探さないといけない風潮があるように思います。

探しても、やりたいことなんてわからないですよね。就職する前に、例えばSaaSの営業をやりたいかどうかは絶対にわからないと思います。なぜならその仕事をやったことがないし、見たこともないので。しかし、それがやりたいかどうかを知らないといけない。そこで何をするかというと、自分探しをする。自分のこれまでの人生をもとに、棚卸しをし始めるんです。

ただ、そもそも棚に物が入っていないので、希薄な根拠で棚卸ししてしまう。「中学生の文化祭でこうだったから、自分はこれが好きなのかもしれない」というように。微妙なものを棚卸しして仮説を積み上げるので、結果として「やはり、やりたいことではないのでは」と悩んでしまうんです。

──いわゆる就職活動では、自己分析の一環で親に自分がどんな子どもだったかを聞いて、「自分はこういうことに興味があるんだな」という仮説のもと、職種を決めて就職先を考えることがあります。

子どもの頃のそういう体験は、実はどうでもいいのではないかと思っています。たいした体験でないのに「原体験」として無理やり設定してしまうほうが害が大きいかなと。過去の行動がいまの自分を規定するわけではなく、「こうしたいと思っているから、こういうふうなキャラクターとして行動するといいよね」と、未来のなりたい状態から逆算するほうがはるかに将来を設計しやすいんです。

過去の自分はいまの自分の行動に影響を与えず、未来にこうなりたいというもののほうが、いまの行動に影響を与えるということです。野球を毎日やってたからといって、将来、会社の社長になりたければ、いまは経営の勉強をすることになるはずです。

そういった考えから、『物語思考』を書きました。「自分はこうなりたい」とキャラクターをつくり、それをもとにストーリーもつくっていくイメージです。物語にする意味は、自分を大事なものとして扱わず、自分を「自分が観ている物語の主人公」のように、客観的に見る、ということをするためです。

UnsplashScott Grahamが撮影した写真

なぜこうするかというと、人間は客観視、メタ認知が不得意だからです。自分の感情を、主観的に捉えてしまうと、その感情にひっぱられてしまいますが、客観的に見ると「こうしたほうがいいのでは?」というのがわかりやすくなります。

そこで、「自分はひとつのキャラクターであり、物語の主人公だと考えるようにするとメタ認知しやすいよね」という考えのもと、わかりやすくマニュアルに落とし込んだのが『物語思考』です。

「将来の年収はこれぐらいで、こういう生活がしたい」というように、自分のなりたい状態を話せる人は案外多くいます。なりたい状態がなければ、「通勤で満員電車に1時間も乗りたくない」と、逆になりたくない状態を挙げても大丈夫です。最初のステップとして未来になりたい状態を思い描いて、そこから逆算する。

その結果、いまの行動が規定されると思っています。例えば毎日ラーメンを食べていても、今日からスパゲッティを食べるという行動の変化は必ず起こせます。ですが、昨日も食べたからというだけでまたラーメンを食べるということを、人はやりがちです。過去からではなく未来から考えるのが勘所だと、認識してもらえればと思っています。

「やりたいこと」ではなく「得意なこと」を見つける

──振り返ると、やりたいことを自ら認識するというのは、20代になったからといってなかなかできることではないように思います。

そうですね。そして、やりたいことではなくて、「なりたい状態」を設定しようとしても、自分で勝手に限界を決めたりして、制限をしてしまうことも多いんです。

「自分の能力的にここまでしか行けないと思うんです」というふうに言う人が多いんですが……。自分の能力を把握するのって実は結構難易度が高いんですね。他人の能力をきちんと把握して評価するのと同じくらい難しい。

なので、「人の能力や性質を判断できるスキルをいまお持ちですか」と意地悪な質問をすると、みんな「あ、自分はその能力がない状態なのに、評価を下してしまっていたな」と気づいてくれますね。

例えば「リクルートで人事を15年やっていました」みたいな人でも、社員の能力を正確に判断することはできないと思います。それなのに、社会人経験ゼロの人が、どれぐらい自分の能力を把握できるのかという。ほとんどできないのではないでしょうか。

また、限界を決めることで、発想が狭くなってしまい、選択肢を狭めてしまっているのもよく見ます。

たとえば、現在の年収が400万円のところ、せいぜい10年後に600万円にするのが限度だろうと思ってしまうと、今とあまり変わらない行動しか思いつけないんですよね。仕事をがんばって成果を出して出世する、などの選択肢しか持てない。

UnsplashTowfiqu barbhuiyaが撮影した写真

しかし「10年後に5000万円にしたい」と思ったら、一般的な会社員を続けてもなかなか辿り着けないので、どういう職業があるんだろうと調べますよね。その結果、「起業家ならいけるかも」とか「海外でエンジニアになると、5000万円いっている人がいるらしい」などの選択肢に気づける。

この選択肢に気づけるかどうかというのは、それだけで価値があります。最初から思い描く将来像を狭い範囲で規定すると、そこから取り組んでもいまの延長線上にしか結果が現れません。

あるときトレーナーさんに聞いた話なんですが、トレーニングが続く人は、週1回などゆるいペースで始めて、モチベーションも低いままでダラダラと続けてるらしいんです。

そして、成果が現れてくると「すこし食事も変えてみようかな」という具合に取り組む。

失敗する人は、いきなりやる気まんまんで週3でトレーニングする、最初から食事制限もするというように、極端なことをやりはじめるらしいんですね。こういうのは大体続かないわけです。せっかくトレーニングするんだったら、と徹底的にやろうとすることで、すぐに嫌になってしまう。

『物語思考』を読んで内容を実践しようとしてくれた人が、本が発売されてから1ヶ月と経っていないのに「もうできません」と言っていたことがありました。人間が、そんなすぐに変われるわけないです。僕も運動を習慣化するのに、20歳の頃から言い続けて15年ほどかかった経験があります。

10年、20年と続けた先にわかってくることもあるので、長く時間がかかるものだと思って取り組み始めるといいと思います。

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──メディアなどを見ていると、すでにやりたいことが定まって、それを自分の手がけるビジネスに落とし込んでいる人たちが多くいる印象です。

「起業に原体験は必要か」という話もありますが、自分はいらないと思っています。そもそも原体験がある人はいいと思いますが、例えばアマゾンを創業したジェフ・ベゾスは、そのようなものはまったくなかったのですし。

取り繕ったような原体験をもとに起業して、半年など短い期間で失敗してまた別のことをやるというようなケースも見かけますが、そうなると「いままでの話はなんだったんだ」となります。それであれば、最初から原体験など言わないほうがいいのではないのかな、と。

また、起業家や成功者の中では「説明のために、ストーリーを無意識につくりあげてしまう」みたいなのもよくあります。取材で、さも昔からやりたいことが決まってたかのように話す人もいますが、そんなにシンプルな話じゃないこともよくあるので。

自分の話で言うと、「経営者としてこうなりたい」という願望、目標のようなものはあまりないことが最近になってわかってきました。「ウェブサービスをつくって、多くの人に使ってもらおう」というところが自分の核の部分かと思っていたのですが、そんなこともないんだなと。20年以上にわたって取り組んできてわかったんです。一方で、ストレスなく成果を出せるものは何かというと、コンテンツを生むことなのかもしれないと思いました。

過去に手がけていた「nanapi」というハウツー投稿サービスも、サービスの規模を大きくできたのは、サービスが優れていたというより記事を書けたからなんだろうなと。というのも全記事のうち、自分が書いた記事がライターの中で2番目にPV数があったんです。ハウツーのコンテンツは、際限なく書くことができました。

単純にそれがサービスを大きくできた要因だったのを、「会社」として経営して大きくしたように捉えていたのかなあ、と。そこの認識のずれもだんだんとわかってきました。

インターネット上に記事を書くのは、やりたいことではまったくありません。ただ、ストレスなくやり続けられるうえに、人よりも成果が出る。毎日記事をストレスなく書けるし、当てようと思えば当たる記事も書けるけど、他の人からするとなかなかできないことなんですね。

UnsplashGlenn Carstens-Petersが撮影した写真

「毎日記事を書いててすごいですね」と言われる。これは、やりたいことではないし別に好きでもない。楽しいと思うわけでもないのですが、ストレスなくずっと続けられてしまう得意なことというような感じです。

天才っぽい発言をするんですが、「頭の中で記事を書いて、上から順にキーボードを叩けば記事ができる」じゃないですか。また、インタビューで話を聞いて、「いまの話だとこういう記事になるな」と頭の中で整理した構造をもとに、インタビューが終わったあとに話の最初から順に書いていけば記事ができるわけです。所要時間は1時間くらいで済みます。

このように、「自分がやりたいかとかはどうでもよくて、自分はやれるもので、他の人はやれないもの、そしてニーズがあるもの」みたいな、自分にとって有利なところを見つけるのが、自分がなりたい状態になるための近道なのかもしれません。

「やりたいこと」を見つける時代は終わりに

──けんすうさんが自己啓発本を書くのは、今回の『物語思考』が初めてでしょうか。

何度かお話をもらったことはあったのですが、自分が書く意味はないと思っていたので、これまで自己啓発本は書いていません。もっと頭のいい人たちが書いたほうがいいし、海外の本を読んだほうがいいのではと思っていたので。

ですが、あまりにも「やりたいことを見つけよう」という言説が日本で広がりすぎていると感じたので、「これを終わらせるのは、いま自分が書くのがいいのでは」と思い、執筆に至りました。

働いている人が「やりたいこと、夢中になるものが見つかりません」「モチベーションが低いです」「飽き性です」と言っているのは、変な状況だなと思います。会社員はお金をもらって働いているプロのはずです。そんな人が「モチベーションがない」というのは、絶対に言ってはいけない言葉だと自分は思っています。しかし、世間では平気で言われている。

一方、会社自体が従業員に不満を生む構造になっているので、会社とそこで働く人の双方にとって、不幸だとも思っています。従業員は会社の側がマネジメントや研修を通じてモチベーションを上げてくれるのではと期待して、それが叶わず不満をもつし、逆に会社はその不満解消をもとに従業員をとどめようとしたりしています。それでお互いがギスギスするのも、もったいないなと思います。

──生き方やキャリアに迷っている人が、たくさんいることに気づかされます。

キャリアプランを計画してそのとおりに実現した人を、見たことがありません。なので、プランをつくる必要はあるんだろうかと思います。

『物語思考』で言っている「なりたい状態に向かって進む」というのは、アプローチの角度がいくら変わってもかまいません。例えば「年収5000万円を目指す」という未来の姿を描いたのであれば、やり方を色々試しながら最終的に到達できればいいのですが、「3年でこのスキルを身につけて、次にこの会社へ入って……」とプランを立てると、それが上手くいかなかったときのストレスが大きい。そして、ほとんどの人は上手くいきません。

100年前からいまの世の中を想像できるかというと、全然できないと思います。100年前と言えば、日本だと第一次世界大戦が終わったあとの時期で、価値観もいまとまったく異なります。さらにその100年前と言うと、江戸時代で、大名が各藩を統治していたような時代です。それだけのスピードで世界は変わっていくのに、50年後のキャリアまで考えられるかというと、無理な話だと思います。ピンとこないですよね。

現代はテクノロジーの進化など、目まぐるしい変化の最中で、未来の予測はほぼ不可能になっています。そんな時代にはキャラをつくったほうが、とるべき行動も明瞭になり対応しやすい。将来なりたい状態から逆算してキャラをつくり、そして行動する。『物語思考』が、読んでくれた人の人生にいい変化を生むきっかけになればと思います。

文=加藤智朗

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