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YOSORO連載日本を良くする「仕掛け人たち」10年続ける覚悟があるかどうか──リブセンス桂大介氏が問う、「挑戦」よりも「継続」の重要性
10年続ける覚悟があるかどうか──リブセンス桂大介氏が問う、「挑戦」よりも「継続」の重要性

10年続ける覚悟があるかどうか──リブセンス桂大介氏が問う、「挑戦」よりも「継続」の重要性

2023.09.19
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人材や不動産の領域で事業を展開するリブセンスの共同創業者・取締役兼執行役員の桂大介氏。早稲田大学在学中の2006年に創業された同社は、2012年に東証一部(当時)への上場を果たした。桂氏は現在、一般社団法人「新しい贈与論」代表理事も務めている。

桂氏が立ち上げた「新しい贈与論」は、会員が寄付や贈与について学び、投票で寄付先を決めるという実験的なコミュニティだ。また同じく、桂氏が立ち上げたリブセンス運営の企業ブログ「Q by Livesense」は、「問い続ける時代の企業ブログ」がコンセプト。会社という空間・組織を通じて⾒えてくるジェンダー、障害、外国⼈社員、企業倫理などの社会課題について扱った、独自視点の記事が掲載されている。

これらの取り組みに共通しているのは社会の“当たり前”を疑ってみるということだ。いま、桂氏はどのような視点で日本社会を見つめているのか。この2つの取り組みを始めた理由などについて、桂氏に話を聞いた。

プロフィール

プロフィール

リブセンス共同創業者・取締役兼執行役員 桂大介

1985年、京都府生まれ。早稲田大学在学中の2006年に、同大学で知り合った村上太一氏と『リブセンス』を共同創業。2012年10月には、当時史上最年少での東証一部上場を果たした。2019年に一般社団法人『新しい贈与論』を設立し、代表理事を務める。設立から現在で3期目、会員数は80名になる。『新しい贈与論』をはじめとした寄付活動を通じて、寄付や贈与の在り方を見直している。

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社会の認識のズレを見つけたい、取り組みの裏にある思い

──なぜ、「新しい贈与論」や「Q by Livesense」の取り組みを始めたのでしょうか。

ひとつ大きいのは、2017年にリブセンスの取締役を一度退任して、従業員という立場で働き始めたことでしょうか。取締役という立場だったときは、経営に関わっていたことから自然と色々な人と知り合い、仕事に限らない面白い話を聞く機会がありました。

それが従業員という立場になり、自分から枠を広げていきたい、世界を広げていきたいと思うようになりました。そこからさまざまな集まりの場に顔を出したり、活動をしたりしているうちに、今のような取り組みを始めることになりました。

──ふたつの取り組みに共通しているのが、既存の常識や当たり前をどのように疑って、新しい当たり前を作っていくかを考えている点だと感じます。

例えば「新しい贈与論」の取り組みをやっていると、ポスト資本主義論者のように思われることがありますが、僕は資本主義というシステムをひっくり返したいなどとはまったく思っていません。「新しい贈与論」や「Q by Livesense」に対するモチベーションは、「社会の認識のズレを見つけたい」ということだと思っています。

そのズレというのは日常的に起きているものの、あまりみんなに注目されていないもの。そこについて改めて考えを巡らせてみる、ということです。

「新しい贈与論」で言うと、寄付は確かにみんなしたことがないかもしれないけど、贈与は実はやっているんですよね。例えば、誕生日やクリスマスでプレゼントをあげたり、バレンタインやホワイトデーでやりとりをしたりというのは、みんなやっていることでしょう。なので「もっと寄付しよう」と言うつもりはなく、すでにやっていることに改めて目を向けたら、すでに日常にありふれていることなんだと気づいてもらえたらと思っています。

──ズレを発見した結果どのような反応が起きるかを見ることが、取り組みを続けるモチベーションなのでしょうか。

「Q by Livesense」は、したたかに取り組んでいます。例えば「資本主義の終わり」のような大きい話をしている人は世の中にたくさんいますし、「資本主義の次」といったテーマの本も溢れかえっています。それよりは、手触り感のある等身大のことをやりたいとずっと思っています。

そして僕らのような一般的な企業に所属する人間が書くものとしてコンテンツを考えたときに、自分の会社のなかで起きていることをベースにしないと、「他のメディアで読めばいい」となってしまうんです。なので、日常の出来事からお題を切り離さないことが、メディアをやるうえでの生存戦略でもあるのかなと思っています。

いまはみんな、あらゆる場面で「差別化」を考えていますよね。メディアもそうですし、そもそもの人間自体が差別化という圧力にさらされている。「何者かになりたい」と思っている人も数多くいることでしょう。しかし、結局オリジナリティというのは、自分の人生からしか出てこないと思うんです。やはり他者との違いを生むには、日常的なことからスタートしないといけないのかな、と。

「始める」ことよりも「続ける」ことの方が大事

──「日本の社会」という大きな枠で見たときに、桂さんがいま感じている課題はありますか。

あまり大きいことは考えていないんです。それは僕の仕事ではないと思っているのかもしれません。僕が国会議員だったら考えるかもしれませんが(笑)。逆に世の中の多くの人は、大きいことを考えすぎなのではないかという気もしています。

日本をはじめ先進国では大体同じ状況だと思いますが、何かを良くしようというときの「良い」の基準がバラバラではないかと思うんです。そのため「問題を解決できない」ことが問題なのではなく、「そもそもの問題を提起できない」。それが問題だと思っています。

ただ、粘り強さは大事だと思います。自分の仕事や取り組みは大体そうなのですが、いつも「最低でも10年はやろう」と思っているんです。「みんな何かを始めても、やめるのが早すぎる」とどこかで思ったのかもしれません。

例えば面白い取り組みを立ち上げるのは、乱暴な言い方になりますが、誰でもできるしそんなに難しくない。でも続けるのは難しいですよね。おそらく自分が10年、ビジネスをやってきたから、そのように思い至ったのだと思います。10年続ければ、骨太なものができていく。最終的には「続きませんでした」でも全然いいと思います。世間的に「挑戦しよう」ということはよく言われますが、僕としては「続けよう」と言いたいなと。

20歳そこそこから60歳、70歳まで仕事をやるとして、50年ほどの時間がある。そう考えると、10年というのは考える単位としてちょうどいいかなと感じます。それぐらいみんな、自分の人生を大きく見積もったほうがいい。組織や売上のサイズではなく、それぐらい価値を信じられるものに、自分の時間を使ったらいいのではないでしょうか。

──10年にわたって経営の立場で働いてから一度退任して、そこから現在は経営の現場に復帰しています。立場の変化で見えた景色の違いはありますか。

僕はあまり、世界や日本を変えようというスケールの大きいことは考えていません。それだけの規模の事象は、個人の力の範疇を超えているので。ひとりで世界を変えようとしたら、イーロン・マスクがやっていることのような規模の話になってしまうと思うんです。

それよりも考えたほうがいいのは、自分の配置や役割。どういう「碁石」になるかではないでしょうか。だから、やろうとしていることが小さくても全然いいと思います。身の回りの5人と10年一緒に何かやれたら、それは最高じゃないですか。

経営者という立場になっても同じで、会社と個人を分けて考えなければいけないと思っています。会社は大きい組織だからこそ実現できることもありますが、それは個人の力を超えていくことでもあります。経営者も、会社のなかの1パーツでしかありません。

自分は上場を経験したことでその考えに至りましたが、株式を公開せずとも30人や50人といった規模の会社になったら、会社と自分の人生をどこかで分けないといけません。

一方で、若い人が最初から物分かりがいい必要もないのかなと。最初は大きいことを言いながらも空回りして、もしかすると世界を変えるようなことを成し遂げる人が現れるかもしれません。若い人は、年齢を重ねた人の言うことをあまり聞くべきではないとも思いますね。

自分が見出したものを、宝物に変えていけるか

──「日本をより良くするには、こうすればいいのではないか」というアイデアは何かありますか。

日本は足を引っ張り合う社会であるとか、人の挑戦を応援しない文化だというのは、この先も変わらないだろうと思っています。なぜなら、それは1000年単位の歴史で培われたものだからです。そのような社会や文化は、「和をもって尊しとなす」という考え方と不即不離で一体となっている。そのため日本人の精神性について、良い面を温存したまま悪い面だけを直すのは無理だと思っています。

僕は日本人の精神性に対してはある種のリスペクトがあって、無理にいまの状態を変えなくていいのではないかと思っています。もちろん、不当な生きづらさや誹謗中傷などの暴力性はなくなってほしいです。しかし、そもそもの日本の社会の風土に手を入れたがっている議論は、まず成立しないのではと思っています。

一方、日本の文化や日本人の精神性、宗教性については、もっと語られていいと思っています。「新しい贈与論」でひとつやりたいと思ったのは、日本の贈答文化の見直しです。アメリカやイギリスなどと比べると、日本は寄付をする人が少ない。

ただ、贈答の文化がとても発達していて、お中元やお歳暮を渡す慣習もありますし、海外の文化が由来のバレンタインデーにおいても、義理チョコやホワイトデーといった日本オリジナルの文化が生まれている。そういう面を見ないで、ただ寄付が少ないと言うのは、アンフェアではないのかなと思うんです。

──昔からある文化に焦点を当ててあらためて定義し直すことで、やれることがまだまだありそうです。

キラキラしたものを見つけようとすると無理がある、ということかなと。埋蔵金のようなものはないということだと思います。自分が見出したものを、宝物に変えていけるか。10年かけて取り組む覚悟があるかどうかが重要です。「次は何に飛びつけばいいか」という考え方に対して、僕は批判的かもしれません。

起業家に限った話ではありませんが、みんなとにかくチャンスを見つけようとしすぎている気がします。ただ、おそらく分野は何でもよくて。ビジネスとして大きくなるかはさておき、同じことを10年もやったらひと角の人物になりますよね。

そういう意味では、世間のトレンドなどに流されるのではなく、自分が心からやりたいと思う「原石」を磨いていく覚悟が必要なのだと思います。

文=加藤智朗

編集=新國翔大

写真=近藤玲子

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