「スタートアップを盛り上げよう」。政府の号令ともとれる「スタートアップ育成5か年計画」が2022年11月に発表され、日本各地でスタートアップ支援の動きが活発になった。だからこそ求められるのが、大企業や公的機関がネットワークを作り、スタートアップを生み出すための「エコシステムづくり」だ。では、どのような要素が加われば日本のスタートアップエコシステムはより盤石になるのだろうか──。
「今の日本のスタートアップエコシステムに一番必要なのは“相互作用”です」
そう語るのは、2018年にPlug and Play Japanへ参画し、2022年にはスタートアップエコシステム協会を設立した藤本あゆみ氏。VC・アクセラレーターとしてスタートアップをサポートし続けてきた彼女から見たエコシステムの変化と、今後の発展のためのヒントを聞いた。
プロフィール
Plug and Play Japan 執行役員CMO 藤本あゆみ
2002年キャリアデザインセンター入社、2007年4月グーグルに転職し、人材業界担当統括部長を歴任。「Women Will Project」のパートナー担当を経て、同社退社後2016年5月、一般社団法人at Will Workを設立。その後株式会社お金のデザインを経てPlug and Play Japan株式会社にてマーケティング/PRを統括。2022年3月に一般社団法人スタートアップエコシステム協会を設立、代表理事に就任。米国ミネルバ認定講師。
日本のスタートアップエコシステムに不足している「相互作用」
──藤本さんは2018年にPlug and Play Japanへ参画し、そして2022年3月にはスタートアップエコシステム協会を設立しています。スタートアップの起業家たちを支える活動をし続けてきたからこそ、今どのような変化を感じていますか?
ここ5年ほどで、日本ではスタートアップだけでなくVCやアクセラレーター(スタートアップや起業家をサポートし、事業成長を促すためのプログラムや支援)の数も増えました。2022年に発表された政府の「スタートアップ育成5か年計画」によって、さらに追い風が吹いています。
おかげで、さらに取り組みやすくなりましたね。海外では2017年にフランスのマクロン首相がスタートアップを後押しすると宣言し、一気に環境が整っていく様子を見ていました。日本でも、そういった勢いが生まれてほしいと思っているところです。
ただ日本の場合、スタートアップエコシステムの土台は出来上がりつつあるものの、その核となる「相互作用」はまだまだ弱い状態です。そこは引き続き課題ですね。
──相互作用、ですか。
「何を持ってしてスタートアップエコシステムと呼べるのか」を定義する要素はいろいろあります。そのなかでも、スタートアップエコシステムのためのトレーニングやコンサルティングを行うStartupCommonsの定義によると、一番重要な要素として「スタートアップエコシステムには、スタートアップやVC、アクセラレーター、企業のプレイヤーたちが相互に作用している必要がある」と挙げています。
もちろん、これまでの日本はスタートアップに関わるプレーヤーがそれぞれの足場を固めることが重要だったため、相互作用できるような状況ではありませんでした。ですが、今やスタートアップだけでなく、VCの数も増え、アクセラレーターを行う企業の認知度も上がりました。
だからこそ少しずつスタートアップとVC、企業が相互に作用しながら連携できるように試行錯誤する過渡期を迎えている気がします。私も参加しているスタートアップエコシステム協会は、まさにそういった課題を解決するために立ち上がりました。
── スタートアップエコシステム協会の構想は、以前からあったものだったのですね。
構想自体は4年ほど前からありました。すぐに動き出せずにいたところ、CIC Tokyoの1周年イベントで「そういった協会を立ち上げるというアイデアも持っている」と話す機会があったんです。その話を聞いていた宮坂学さん(現GovTech東京理事、東京都副知事)から「じゃあやりましょうよ!」と背中を押していただき、その日中に企画書を書き上げて手続きを進めるようなスピード感で設立に至ったのです。とはいえ、会員規約はまだ未完成など、細かなところは整っていない状態ではありますが(笑)。
嬉しいことに、スタートアップエコシステム協会には同じ思いを持つ理事やメンバーが集まっています。みなさん、とても多才でそれぞれ得意分野を持ち、何より当事者意識が強い。そのため、どんどん話が進んでいきますね。
スタートアップエコシステム構築は、世界的なホットトピック
──「日本はまさにこれから」ということですが、海外ではすでにスタートアップエコシステムは成立していたりするのでしょうか?
スタートアップエコシステムは世界的にもホットトピックであり、スタートアップが成長していくためのドライバーになると考えられています。
海外にはStartup Genomeのようなエコシステム自体を調査する会社も存在していて、テック系カンファレンスなどと手を組んでエコシステムリーダーサミットを定期的に開催しているほどです。そこには官民問わず、スタートアップエコシステムの発展を考える人が世界中から多く集まっています。
面白いのは、そういった場に集った世界各国の人たちが「どうやったら政府と地域の連携を強められるだろうか」「世界全体でのスタートアップエコシステムを作るにはどうしたらいいのか」など、日本でも常々頭を抱えていることとほぼ同じ話をしていることですね。
──みなさん、同じ悩みを抱えているんですね。
そうなんです。そして、“お隣さん”のように思える距離感でも、意外にお互いの取り組みを知らなかったりします。
2018年にPlug and Play Japan主催でエコシステムを支える企業8社でのイベントを開催したことがありました。そこで自社の強みを発表する場があったのですが、複数社が「うちはグローバルが得意です」と発言し、お互いに「え、御社もですか!」と驚き合うことがあったんです。頻繁に顔を合わせていた者同士だったにも関わらず、それぞれのことをわかっていなかったわけですね。それくらい、お互いが具体的にどんな取り組みをしているのかを知らないパターンは往々にしてあります。
Plug and Play Japanには、VCとアクセラレーターという2つの側面があります。アクセラレーターを始めたばかりのころは、参加しているスタートアップ側から「資金調達の方法をワークショップ的に教えてほしい」と言われることが多かったんです。しかし最近は「どうやって事業を成長させればいいのか」「大手企業との事業連携はどうすれば成功するのか」といったヒントを得るためにアクセラレーターを活用するスタートアップのほうが増えました。
そして先ほどお話ししたように、5年前に比べてスタートアップやVC、アクセラレーターの数は増えています。そういう意味では、以前まではスタートアップ側が選ばれるために努力していたところが多かったのですが、今はむしろVCやアクセラレーター側が「いかに選んでもらうか」を考えるようになっているのです。
スタートアップエコシステムを発展させていく上でも、プレーヤーが増えた分「何ができるのか」「自分の独自性とは何か」など、スタートアップを支える側もどういったサポートができるのかを明確に問われているのが今です。
政府の号令で、各市町村のスタートアップが独自に進化
──日本では、東京都心以外でもスタートアップエコシステムを作ろうとする動きが活発になるように感じています。
各地で独自性がある取り組みが進んでいるのが面白いですよね。日本政府がスタートアップエコシステム拠点都市を発表したとき、指定された市町村は「どうやって進めるべきか」を各地で手探りしていました。それが今、独自の進化を遂げようとしています。
例えば富山県では、出身者である経営者を招聘して「富山県でのスタートアップエコシステムをどう活性化させるのか」を話し合うための有識者会議を実施しています。有識者として招聘された方々もとても豪華で。レオス・キャピタルワークスの藤野英人さんなどがいらっしゃいます。
そのほか広島県では、広島大学と連携して話し合いが進められています。京都・大阪・神戸は京阪神全体で連携しようとしていたり、長崎県では出島の文化と特性を活用して、スタートアップを盛り上げようとしていたり。一方で、愛知県名古屋市では小学校から起業家教育プログラムを導入しようとしていたりするんです。みなさん、スタートアップを多く生み出すという大きな目的は同じですが、カテゴリーや業種、土地ならではの特性を活かして「何ができるか」を考えています。
当然ですが、今まで東京都心に集中していたものをいきなり日本各地へ分散させるのは難しい。でも、東京で活躍する方々が地元に戻って起業家ならではの連携方法を伝えるなどはまさにペイフォワード(恩送り)の要素があり、とてもスタートアップ的な動きだと感じています。そういった動きが増えると、特に子どもたちへの影響が強いと思っているんです。
子ども時代は、親や兄弟、友だちなど自分の半径5メートルにいる人たちの影響を強く受けるものです。そういった範囲にスタートアップの要素が入り込むと、新しい風が吹くんじゃないかと思っています。これに関しては、学生のほとんどが起業しているスタンフォード大学がそうだというのが一番のエビデンスなんですよね。
日本でも「これからはプログラミング教育か、起業家教育が必要」と考える親も増えていて、名古屋で行われている小学生向けの起業家教育ではキャンセル待ちになるほどの人気だそうです。
──起業家教育へ参加する子どもは、どんな様子なのでしょうか?
私も実際に起業家教育の現場を見せてもらったのですが、参加している子どもたちはみんな楽しそうでしたね。宮城県仙台市で開催されていた高校生による起業家ピッチに参加したときは、ほとんどの生徒のモチベーションが高くて驚きました。
当日は仙台七夕まつりもありましたが「ピッチに参加したくて」という生徒がとても多かったのです。なにより、イベントの最後に「どうすれば起業できますか」と聞かれたことがとても新鮮で、かつ有望でいいなと思いました。
日本には良質なスタートアップエコシステムを築くポテンシャルがある
──今でも、スタートアップを「村」と表現する人はいます。そのイメージも変わりそうなのでしょうか?
確かに、スタートアップ周辺をまとめて「村」と表現されることがありました。そのため、スタートアップは狭くて閉じたコミュニティのように感じる人もいるかもしれません。ですが、私個人としては、村の存在自体は大事なので「村から出てオープンにやろう」という考えは少し違うかなと思っています。
村ができること自体は、決して悪いことではありません。むしろ、それらが相互に作用し、スタートアップエコシステムを大きくしていくことのほうが大事。そして、オープンさとクローズドさの両方を兼ね備えているほうが、スタートアップエコシステムにとってもいい状態なのです。
──最後にお伺いしたいのですが、藤本さんは日本が成長していくために必要なことは何だと考えていますか?
今の日本は、シリコンバレーを参考に「スタートアップの型」を作り上げています。決してそのやり方を否定するわけではないのですが、今後はもっと「日本ならではのスタートアップの型」が出てくるといいなと思っているんです。
日本には、これまで築き上げてきたアセットがあります。例えば、一時期は「企業にはミッション・ビジョン・バリューが必要」と強く言われていましたが、もとを辿ってみると、老舗企業では綱領としてずっと言い続けてきたことでした。それが分社化され、形骸化されてしまっていただけなのです。そういった要素を改めて見直して活用すれば、世界をリードできるはずだと思っています。
そのほか、日本には「恩返し」という文化が根付いています。スタートアップエコシステムの観点でも、恩返しの文化を意識しながらコミュニティを活性化させていければよりよいものができるはずです。なぜなら、エコシステムに必要なのは「ギバーの精神」。その精神が浸透している日本では、すでにポテンシャルがあると言っていいと思います。
企業内にいると与えられたタスクをこなすことで精一杯になりがちですが、何もないところから「自分はどうやって恩を返せばいいのか」「どんな貢献ができるのか」を考え、行動に移す人たちが増えています。そういった人たちがもっと増えれば、どの国よりも良いスタートアップエコシステムができるはずです。行動する人たちを増やすための種を、これからも蒔いていきたいですね。
文=福岡夏樹
編集=新國翔大
写真=小田駿一