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YOSORO連載日本を良くする「仕掛け人たち」“配当金未定”が引き起こした大失敗、それでも品川女子学院が諦めなかった「起業家教育」
“配当金未定”が引き起こした大失敗、それでも品川女子学院が諦めなかった「起業家教育」

“配当金未定”が引き起こした大失敗、それでも品川女子学院が諦めなかった「起業家教育」

2023.08.22
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社会課題を発見し、多様な人を巻き込んで課題解決に取り組む──そんな“起業マインド”を持った人材を輩出するための教育に取り組んでいるのが、品川女子学院だ。

同校では、中等部3年生(高等部1年生と2年生は希望制)を対象に「起業家教育」を実施している。具体的な内容は、文化祭である「白ばら祭」での成果発表に向けて、生徒はチームごとに模擬店を「株式会社」として起業し、事業計画や販売などに挑むというもの。なお、クラスで設立した株式会社は文化祭後の株主総会後に解散する。

昨年、日本政府が起業家の支援強化を表明し、スタートアップ育成強化の方針となる「5か年計画」を発表したのは記憶に新しい。その影響もあってか、社会全体で「起業」「スタートアップ」に対する注目度が高まってきているが、実は品川女子学院は今から17年前の2006年に起業家教育を実施している。今ほど起業に対する注目度がなかった時代に、だ。

まさに起業家教育の先駆け的存在とも言える品川女子学院だが、実はこの17年間ではさまざまな壁にぶつかったという。4代目理事長の漆紫穂子氏は「最初から順風満帆というわけではありませんでした。『起業って何?』という状態からスタートしましたし、それこそ教育を通じて起業体験をするにあたって、いろんな壁がありました」と振り返る。その壁をどのようにして超えてきたのか。漆氏の話から、日本をより良くする教育のあるべき姿が見えてきた。

プロフィール

プロフィール

品川女子学院理事長 漆 紫穂子

「品川女子学院理事長。早稲田大学国語国文学専攻科、早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修了。 国語科教師を経て2006年より校長、2017年より理事長に就任。教育再生実行会議委員、行政改革推進会議構成員等。同校は1989年からの学校改革により7年間で入学希望者数が30倍に。現在は、「28プロジェクト」を教育の柱に社会と子どもを繋ぐ学校づくりを実践している。著書に『女の子が幸せになる子育て』(だいわ文庫)など。

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「28歳になった生徒たちの未来」を逆算した教育方針を設計

──品川女子学院では起業体験プログラムを2006年からスタートしています。

漆:もともとは金融教育の一環として始めたものでした。当時は、大学でしか授業で起業家教育を取り扱っていなかったと記憶しています。そのため世間的にも「起業って何?」という感じでしたし、当時は生徒たちに起業体験プログラムの説明をしても上の空のような感じで話を聞いていましたね。

何より、教育者である私たちにとってもわからないことだらけでした。初年度は、大失敗をしました。それは、私も含め、生徒も教員も泣くほどの失敗でした。

──みんなが泣くのはすごいですね……。そもそも、品川女子学院が起業体験プログラムを始めることにした理由は何だったのでしょうか?

漆:品川女子学院は今から30年ほど前、経営危機に陥ったことがありました。私立学校にとって、教育と経営は車で例えるなら“両輪”のようなものです。経営が傾けば、教育は成り立ちません。そのため、まずは教育環境を高めるべく生徒目線での学校改革を開始しました。具体的には制服や部活動の仕組みを変えたり、これまでの校則を撤廃して最低限の内容にしたり、品川女子学院におけるすべてを「生徒が主役」という目線で徹底して見直しました。

──企業にとっての「顧客体験の向上」のような取り組みですね?

漆:そうかもしれません。当時の校長が「楽しくなければ、学校でない」とよく言っていました。親や教師には愛情と経験があるので、良かれと思って、つい子供のやろうとしていることに口を出しがちです。もちろん、教育には「未来への贈り物」という側面もあり、今、嫌われても厳しくしなければならないときもあります。判断に迷ったとき、品川女子学院では「生徒にとってどうなのか」と、できる限り生徒目線と生徒の未来から逆算する視点で物事を考えるようにしています。

そして、経営危機と言われるような状況を脱し、ある程度の入学希望者が集まるようになった2003年ごろから始めたのが「28project」でした。

品川女子学院での学びはすべて、28歳の自分を思い描き、それを実現するためには何が必要か考える「28project」に基づいて設計しています。男性に比べて、女性は出産・育児といったライフイベントの影響を大きく受けます。いったん仕事を休んでも社会へ復帰するいわば「復職力」が必要になる。そうした未来から逆算して女性のライフデザインを考えるとき、3つのリテラシーが必要です。1つ目は働いてお金を稼ぐ「キャリア」、2つ目はお金がお金を稼ぐ「投資」、3つ目はいざというときの助けになる「保険」。

28projectは、未来の社会変化をできうるかぎり想定し、その中で女性が自立して生きていくために必要なものを見極めて、身につけていくためのプロジェクトなのです。

人口減少社会化が加速する日本で、女性の起業は有効な手段になる

──今後、女性が社会で必要となるスキルの1つに「起業」があったということでしょうか?

漆:どちらかと言えば、起業を目的にしていたわけではなく、生徒たちにお金に関する正しい知識を身につけさせたいという意図がありました。夏目漱石が近代個人主義の考え方を論じた『私の個人主義』に、以下のような内容があります。

“第一に自己の個性の発展を仕遂げようと思うならば、同時に他人の個性も尊重しなければならないという事。第二に自己の所有している権力を使用しようと思うならば、それに附随している義務というものを心得なければならないという事。第三に自己の金力を示そうと願うなら、それに伴う責任を重じなければならないという事”(青空文庫より引用)

漆:お金を持っている人は「どう使うと社会に影響があるのか」を考えてお金を使うべきだと伝えているのです。当時、世間一般に「お金を稼ぐ=汚い」のイメージが強く、品川女子学院でも金融教育を始めたばかりの頃は「学校で金融教育をすること自体がよろしくない」という見方をする方も少なくありませんでした。ですが、そもそもお金自体に綺麗・汚いの区別はなく、使い方によってリスクにもなれば、夢を叶える手段にもなるものなのではないでしょうか。そうしたリテラシーを生徒たちへ伝えるための金融教育でもありました。

そんなときに出会ったのが、ベンチャーキャピタリストの村口和孝さん(日本テクノロジーベンチャーパートナーズ ジェネラルパートナー)です。村口さんのアドバイスを受けて誕生したのが、起業体験プログラムでした。

──資金調達や予算作りなどを行うことを考えると「金融教育の1つ」と言えます。

漆:それに加えて、今後世界に類のない人口減少社会に入っていく日本は、一人一人のパフォーマンスを上げる必要に迫られます。そこでは0から1を生み出す「起業」は重要なキーワードです。さらに、この国は世界から見ても女性の活躍度が低く、ジェンダーギャップも大きい。

もし、女性が起業し、自らビジネスを作り出すことができればレバレッジが効きやすいのではないでしょうか。実際に起業した女性たちにメリットを聞くと「自分の裁量で決められるので、家庭と仕事を両立しやすい」という人もいます。女子生徒の将来の選択肢として、起業は魅力的なキャリアの一つだと考えます。

品川女子学院では「自ら社会の問題を発見し、多様な人を巻き込んで、問題解決に一歩踏み出す人」を、“起業マインド”を持つ人と定義しています。そういった行動を起こすには、よりどころとなる知識や教養が必要です。そのうえで起業マインドを身につけてもらうという流れで考えています。

漆:今でこそ、「起業マインドが必要だ」と世の中でも言われ始めていますが、品川女子学院では女性に参政権がなかった100年前から「女性の手に職を」という創立の目標を大切にしてやってきました。そういった意味でも、起業体験プログラムは品川女子学院の教育方針に合っているんです。

中途半端な決断で、大荒れの株主総会に

漆:ただ…思い返せば本当に大変なことばかりでした。初年度では荒れた株主総会のようにもなってしまい、どうしようもなくなって「起業体験プログラムを続けるのは無理だな」と諦めたくらいです。

──起業体験プログラムの内容は、先ほどお話ししていたベンチャーキャピタリストの村口和孝さんに提供してもらっていたんですか?

漆:そうです。教員は学校以外の社会経験がない人が多く、専門家のアドバイスが必要でした。NTVPのプログラムを使い、社員や慶応義塾大学の学生さんのボランティアに入ってもらってやりました。そんな中、情報の共有がしきれず、初年度、とんでもない失敗をしてしまいました。

具体的には、株主総会(発表会)を翌日に控えた夜に、各クラスの配当方針に認識のずれがあることが判明しました。「学校なんだから配当は当然寄付」と思っている生徒もいれば、「資本主義を学ぶ授業なのだから配当は全部自分たちのもの」と思っている生徒もいました。

起業体験プログラムの会計作業の様子

私自身も配当の全額を個人へとは想定しておらず、文化祭は中高全体で準備してきたので、「起業体験がうまくいったクラスの子だけのものにしていいのか」という意見もでて、話し合いは収拾がつかず、翌朝になっても方針は決まりませんでした。そして時間切れとなり、今振り返ると私は最悪の決断をしてしまいました。「利益を個人で受け取る場合は上限3,000円の図書券」としたのです。

当然ながら、生徒の気持ちは収まりません。「資本主義を学ぶための授業なのに、あとからこう言われると『お金は汚い』と言われている気がする」等々。担当教員が出ても収まらず、教頭が出ても収まらず、最終的には、私が生徒に謝りました。「みんなの経験になればと初めて挑戦したプログラムで、私たち大人の連携が悪く、みんなの気持ちを傷つけてしまった……」申し訳なさで涙がでました。

そこで会場は静かになりましたが、クラス責任者の中には、納得できずに数日、学校を休む生徒もいて。このとき、私は「起業家教育はもう続けられない」と思いました。

──それでも品川女子学院は起業体験プログラムを継続しています。何があったのでしょうか?

漆:株主総会の1週間後に何名かの生徒が、私のところへレポートを持ってきてくれたんです。そこには、起業体験プログラムでの学びと改善点がまとめられていました。生徒たちから「いろいろあったけれど、起業体験プログラムは学びになったので、後輩たちのためにもあきらめないでください」と言われて。

そして、その後も毎年のように問題がおきました。例えば、材料を安く仕入れるため資金調達のプレゼン前に海外の業者に先行発注をしていたことがあとから発覚するとか、どういう会社かよく調べずに安い商品をネット注文し、数十万円を振り込んだら、注文先の会社が倒産してなくなったこともありました。話せばきりがないほど、品川女子学院の起業体験プログラムの歴史にはさまざまな失敗があり、その失敗から教訓を得て、プログラムの内容を毎年少しずつブラッシュアップしてきました。

ソーシャルビジネスの存在が起業体験プログラムを大きく変えた

──今も起業体験プログラムの内容はベンチャーキャピタリストの村口和孝さんに提供されているのでしょうか?

漆:今は品川女子学院のみで自走できるようになっています。というのも、途中から生徒の保護者がサポート役として入ってくれるようになりました。保護者のなかにはベンチャーキャピタリストがいたり、コンサルのパートナーや会計士、起業家もいたりします。そういった方々の協力を得ながら起業体験プログラムを運営しています。

大きく変えたのは、ソーシャルビジネスの要素を評価項目に加えたことです。あるとき、品川女子学院にグラミン銀行(バングラデシュにある貧困層を対象にした小規模融資を行う銀行)のファウンダーでノーベル平和賞を受賞した、ムハマド・ユヌスさんをお呼びして、講演してもらったことがありました。そのとき、私たちもソーシャルビジネスというものがあると知ったのです。

教育として起業体験プログラムを行うならば、社会貢献や会社のパーパスに立ち戻ることも大切。そこで、社会貢献的な評価項目を増やしていきました。

品川女子学院が実施する起業体験プログラムの様子

企業は、社会的意義と金銭的利益の両方を突き詰めていかなければなりません。企業は健全な利益を生まなければ経営が回らないし、社会的意義がなければ存在する意味がない。そのため、理念がちゃんと筋の通ったものになっているかどうかも評価軸に加えました。

当初は金銭的利益を追求していたこともあり、生徒も保護者も「利益を出さなければ評価されない」という印象を強く持っていました。そのため、社会貢献の要素を入れることに関しては「ROE(自己資本利益率)に引っ張られすぎないようにどう考えるべきか」を長く話し合ってきました。

今では、生徒はこの観点を持った状態で起業体験プログラムに挑めるようになっています。そうやって試行錯誤を経て、自走できるようになったと感じたのは起業体験プログラムを始めて7年目ぐらいのタイミングでした。

──起業体験プログラムで試行錯誤をし続けてきたからこそ、今の日本の教育に対して「もっとこうしたら社会はもっと良くなるのに」と思うことはありますか?

漆:今の日本教育における最大のネックは、大学受験と考えます。もちろん、総合型選抜(AO入試や推薦入試)を増やすなど少しずつ変わってきていますし、変えようとしている大学も多いのです。それでも一点刻みのペーパーテストを実施しているところが多数です。

そうすると、どんなに課題解決型学習や起業体験学習のなかで「社会で必要な力」を身に着けていても入試で必要とされる学力とは結びつきにくく、そういった教育をいったん止めて受験対策に入らなければならない。大学入試さえ変われば、高校以下の教育は大きく変わると思います。

コロナ禍で、オンライン活用も広がった今、入り口の枠を広げて海外の大学のように卒業時のハードルを上げるなど「履修したかではなく習得したか」を重視するといった改革も必要かもしれません。とはいえ、現状では事務処理の問題が大きいので、すぐに舵を切ることは難しいとは思いますが。でも、そうこうしているうちに日本の教育は世界にどんどん遅れていってしまいます。

この状況を変えるために、私は企業や企業団体の方々にお目にかかる機会があるたび、もし、今の大学で身につく力と社会が求める力にギャップがあるなら、「採用時に大学名は見ない」と伝えてもらえませんか?とお話ししています。改革は川上からやった方が早いのです。

企業が変われば、大学も変わらざるを得なくなる、大学が変われば初等中等教育が変わる。本校でリスクをとって未来につながる教育にチャレンジして、他校にシェアすると同時に、学校と外の社会を結べるよう、これからも学校の枠を超えて活動していこうと考えています。

文=福岡夏樹

編集=新國翔大

撮影=小田駿一

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