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YOSORO連載日本を良くする「仕掛け人たち」社員が抱える“モヤモヤ”に哲学で向き合う、HRテックだけではない「組織改善」の新潮流
社員が抱える“モヤモヤ”に哲学で向き合う、HRテックだけではない「組織改善」の新潮流

社員が抱える“モヤモヤ”に哲学で向き合う、HRテックだけではない「組織改善」の新潮流

2023.09.05
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「今、多くの人たちに足りていないのは“納得感”なんです」

そう言い切るのは、ビジネスパーソンが仕事の悩みを「哲学者」との対話を通じて分析・言語化し、課題や打開策を哲学知見から探るマネジメントプラットフォーム「哲学クラウド」(β版)を運営する、ShiruBe代表の上館誠也氏とShirubeインハウス・フィロソファー(社内哲学者)であり、東京大学UTCP特任研究員の堀越耀介氏だ。

哲学クラウドは社員の抱えるモヤモヤをもとに、哲学者らがその根底にある哲学を分析。チームの自律に向けた課題である思想の対立を可視化し、乗り越えることを支援する。その後、チームの理想の状態を哲学者との対話(1on1)を通じて言語化。チームでの対話を重ね、理想の状態を実現できるように哲学によるコンサルティングを行う。端的に説明するならば、哲学を用いて組織状態の改善を図るサービスだ。

ここ数年間で、組織改善や従業員のエンゲージメント向上を図るサービスやツールは増えた。テクノロジーを用いて改善を図るアプローチが主流となりつつある中、あえて“哲学”を用いた理由は何だったのだろうか。

2人へのインタビューを通じて見えてきたのは、情報過多と言われる今の世の中で働く人たちが少しずつ感じ始めていた「納得感のなさ」。そして、その状態のまま突き進むことへの社会への危機感だった。

プロフィール

プロフィール

ShiruBe代表取締役 上館誠也

大学在学中に英単語アプリ『mikan』を共同創業。大学卒業後はリンクアンドモチベーションに入社し関西のモチベーションクラウド立ち上げに携わる。2020年にリクルートの全社オンボーディング統合PJTにジョイン。組織開発の経験と自身の哲学の知見を活かし、2022年に株式会社ShiruBeを設立。東京大学や上智大学の哲学者と共に『哲学クラウド』を提供し、人の根底にある哲学を明らかにした上で組織開発を支援する。

プロフィール

インハウス・フィロソファー / 東京大学UTCP特任研究員 堀越耀介

東京大学UTCP上廣共生哲学講座 特任研究員/独立行政法人日本学術振興会 特別研究員(PD)。東京大学教育学研究科博士後期課程修了。博士(教育学)。企業や教育機関で哲学する活動、「哲学プラクティス」や教育哲学の研究および実践を行う。2022年から哲学クラウドに参画し、「哲学対話」の実践や哲学コンサルティングを通じて企業の組織開発を支援する。著書に『哲学はこう使う――哲学思考入門』(実業之日本社)などがある。

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「わかりやすい言葉」を多用しすぎることでの弊害

──そもそも、哲学をビジネスに活かすことの可能性はどれくらいあるものなのでしょうか?

堀越:大学側から見ても、ビジネスサイドからの哲学に対する引き合いは強くなっていると感じます。哲学書を読んでいる社会人は想像以上に多く、哲学への関心度の高さに驚いたほどです。

ただ、働く人たちの多くが「哲学は必要である」と思ってくれている一方で「では具体的に哲学を生業にする学者は何をしてくれるのか」はわかっていない。これは僕もそうですが、大学側がしっかり発信できていなかったことが原因にあると思っています。今後はしっかり発信していかなければと思っているところですね。

──確かに、哲学だけでなく、最近では史実から得た知見をビジネスに活かそうとする流れが大きくなりつつあるように感じます。

上館:これは僕の直感ですが、「納得感」に課題意識を持つ人が増えたことが追い風になっているのではないかと思っています。

今の世の中は、パーパスやエンゲージメントがある種のバズワードのようになっており、書店の本棚には常に自己啓発本が並んでいます。しかし、個人としての考えが、これらの情報量とスピードに追いついているわけではない。

本来ならば自分で深く考えて導き出すべき過程を経ず、「わかりやすい言葉」に飛びついてしまっているところすらあります。これによって、自分の話す言葉がどこか上滑りしていると感じ始める人が増えたんじゃないかと考えているのです。

──上滑りしている……について、少し詳しく教えてください。

上館:深く意味を理解しないまま「わかりやすい言葉」を使い続けると、最終的には自分自身の考えに嘘をつくことになりかねません。そういった事態への危機感が顕在化し始めているのです。実際、哲学クラウドを通じて、僕や他のメンバーが哲学対話(日常で感じる問いに対し、考えたことや感じたことをみんなで話し合う手法のこと)を始めてみると「実は……」と話し始める方も少なくありません。これは何よりの証拠です。

我々が扱う哲学は、言語化して概念を伝え、対話しながら思考を深めることを目指すもの。特に哲学は、他の学問に比べて資本主義などの考えに左右されず、かつお医者さんや学者のような特殊なスキルを持つ人でさえも知らない答えを問い続けられる特徴があります。病気のことはお医者さん、学問の専門領域は学者に聞けば答えを得られます。

哲学が問いかけるのは「自由とは何か」「幸福とは何か」という、お医者さんにも学者にもわからないものです。哲学では「私もこの問いを考えて良いのだ」と、自分の見方を発見できる機会になる。フラットな立場で問いと向き合えるところも魅力のひとつです。

──わかりやすい答えに飛びついてしまう気持ちは、わからなくもないです。

堀越:目先の利益を追い求めるのであれば、自分自身の思慮の深さはいったん後回しにしても良いかもしれません。ですが、長い目で見ると、それはとても良くない。組織的にも、お互いの価値観を理解できている方が「それなら、あの人に頼もう」というコミュニケーションも起こりやすくなりますし、業務もスムーズに回ります。対話ができていないことは損でしかないのです。

哲学は個人や組織体にフォーカスした課題を洗い出す

──哲学クラウドを立ち上げるきっかけは何だったのでしょうか?

上館:僕は過去にリンクアンドモチベーションなどで、組織や人の課題を数字で可視化し、改善につなげていくサービスの運営に携わっていました。組織の活性化や改善のため、課題を数字化して解決へつなげることはもちろん大事です。ですが、それと同時に数字だけで組織の悩みを解決するには限界があると感じるようになっていました。

組織の状態を把握する手段として、ストレスチェックといったツールを導入している企業は多いです。しかし、アンケートで「1〜5で最も適するものを回答してください」と言われても「う〜ん、3かな」となり、今の自分の気持ちや状態に適した回答ができなかったりします。

特に日本人はどっちつかずな真ん中の選択肢を選ぶ傾向にある。多少なりとも忖度してアンケートに回答している人が多いのではないかと感じました。

実は、僕は旧統一教会の信者を親に持つ二世信者として育ったバックグラウンドがあります。社会との接点を増やしていくことで違和感を持つようになり、考える力をもっと身につけたくて哲学を学ぶようになりました。そこで気づいたのは、人間の悩みは古代からあまり変わっていないことです。

生きる意味は何か、幸福とは何か、人間関係の難しいなど、ずっと同じようなことで悩み、考察を続けている。ならば、普遍的に悩んでいることを数字じゃなく「哲学」に置き換えたほうが納得感が増すのではないかと思ったのです。そのアイデアから、哲学を組織開発やビジネスに活かそうと考え、哲学クラウドが誕生しました。

──定量的ではなく、定性的に組織の状態を図る手段として哲学が適しているということですね。

上館:数字化する過程では、どうしても切り捨てなければならない部分があります。その「切り捨てられた部分」をカバーする手段として、哲学に注目しました。

では、組織の状態を数字化することと、哲学で対話することは何が違うのか。チェックツールは、直感で回答することが多いです。ところが、「なぜ直感で選んだのか」にこそ、その人の特徴や組織の傾向が隠れている。それを知る術がなかったから、ブラックボックス化していました。僕らはむしろブラックボックス化した部分を哲学でこじ開け、特性や思考のポイントを明らかにしたいんです。

──以前までであれば、定量化によって大まかな答えを出せていました。今は「そもそも何が答えなのかがわからない」ところもあるのでしょうか?

上館:おっしゃるとおり、これまでは定量化によって組織の傾向を把握し、そこから求める答えを導き出せていました。しかし、その方法は全体像を理解することはできても、個人や組織体にフォーカスした課題は洗い出せません。何より、世の中自体がものすごく早いスピードで変化していて、組織にとっての前提もどんどん変わっていきます。

他の誰かが発した「わかりやすい言葉」につられていては、向かうべき方向もズレていく。組織と個人が納得感のある答えを見つけるためにも、考え続ける必要があるのです。

哲学し続けるべきは、個人と組織の「ちょうどいいライン」

──哲学クラウドには、おもにどんな依頼が寄せられるのでしょうか?

上館:「ミッションやバリュー、パーパスを浸透させたいのだけど、どうすればいいか?」という依頼が多いです。最近では「パーパス経営」という言葉もトレンドになっています。今や、会社の存在意義や社会的価値を強めるためもパーパスを持つことは欠かせません。

でも、具体的にどういったことを考えなければならないのかがわかっていない人のほうが未だに多い。会社にとって大事なことは、会社全体で考えなくてはいけないのです。経営層だけで考えられたパーパスでは、現場で働く社員の納得感も低く、当然ながら思ったように浸透していきません。

堀越:我々がパーパス浸透のサポートをする際、まずは社員のみなさんと「会社が掲げるパーパスについてどう思いますか?」と対話をします。実際、その質問を投げかけた瞬間に社員のみなさんもパーパスについて考え始め、結果的に自分ごと化していく。

そうして、社内からさまざまな意見が出るようになり、パーパスを浸透させる余地が生まれていきます。例えるならば、スポンジの吸収力を高めるために穴を増やすようなものですね。

──そのほか、どのような依頼が寄せられているのですか?

上館:次に多いのは「組織の一体感を高めたい」「従業員エンゲージメントを向上させたい」という依頼ですね。企業のトップ層にいる人たちのほとんどが「組織が一丸となってほしい」「一体感を強めたい」と思っています。一体感のある企業の方が経営力が高いのは確かですが、別の捉え方をすると一体感はマネジメントコストをかけることなく仕事をうまく進めていくための手段とも考えられます。

つまり、マネジメントの放棄とも受け取られかねない。一体感を強めたいと思ったら、「組織にとって具体的にどういった状態が理想なのか」を考えつつ、それが実現したらマネジメントの責任範囲はどうなるのかも考えておいたほうがいいのです。

堀越:サポートさせていただく場合、経営陣やその直下のマネージャークラスと「良い組織とはなにか」を考え直すところから始めます。先ほどのパーパスもそうですが、多くの方々がわかりやすい答えやテンプレートを使ってしまいがちです。

一体感に関しても「エンゲージメント」など、世の中に広まっている言葉を安易に使ってしまうために「そもそもどうしたいのか」が置いてけぼりになっている。まずは前提となる考えを深める対話を大事にしています。

──「そもそもどうしたいのか」を探ったあとは、どんな過程になるのでしょうか?

堀越:組織と個人のちょうどいいラインを探っていくことになります。当然ながら、人は一人だけで生きているわけではないですし、生まれた瞬間に「医者になりたい」と思うわけでもありません。

哲学上の考えでは、社会や人間関係のなかで影響を受けて目指す方向が生まれることもあれば、仲間と一緒に目的を追求するなかで生まれる幸せもあります。組織は、そういった考えを持つ人が集まる共同体になり、良いと思うものを追求できる立場になれるのがベストです。

共同体として一緒に取り組むことでやりがいを感じてほしいし、一方で個人としての目標を見つけて邁進してほしい気持ちに縛り付けすぎるのも良くありません。個人を自由にしすぎると「何をしたら良いのか」がわからず、鍛えられるはずの能力も伸びなくなってしまうんです。

非常に難しいところですが、企業と個人の間には、必ずちょうどいいラインがあります。「ここまでは組織のために頑張ってください」「ここから先は個人です」といったようなものです。

どこにラインを置くかは企業によって異なりますし、ちょうどいいラインを見つけたからといって一気にすべてを解決できるわけではないのですが……。それでも、ラインを探ることは大事です。それを分析するために、我々がサポートとして入っている部分もあります。

「わかりあえない」を放置した結果、史実では戦争が起きているからこそ

──非常に難しい問題ではあるけれど、考え続けることをやめてはいけない。

上館:ビジネスにおける課題のほとんどが、「対話がうまくいかないことでのコミュニケーション問題」によって発生しています。令和に入ってからは、20代と40代における「世代間の価値観のズレ」がより明確になりました。

本来ならば、そのズレを対話によっていいかたちにしていく必要があるのですが、それができていない。だからわかりあえないし、関係値にコンフリクトが発生し世代分断してしまうわけです。

ちなみに、今起こっている「世代間の価値観のズレ」と似ている史実がいくつかあります。例えば、ドイツが発展していく中では、ゲルマン民族以外の民族が加わります。文化の違いなどから「お互いの考えていることがわからない」「とりあえずこちらの言うことを聞いてくれ!」といったコミュニケーションになってしまうんです。

今の組織も、今までの世代とはかなり異なる考えを持つZ世代が加わり「何を考えているのかわからない」「古くから働いている我々の言うことを聞いてくれ」となっているなど、非常に似ているのです。

この「わかりあえない」が続くと、史実でいうところの第二次世界大戦やキューバ革命が起こるわけで……。だからこそ、早い段階で対話を始め、お互いにとってちょうどよいラインを探ったほうがいいのは自明の理なのです。

──世代だけでなく、価値観やバックグラウンドの違いもフォーカスされるようになりました。お互いの違いをわかりあうためにも、対話をして落としどころを見つけるイメージでしょうか?

上館:「わかりあう」とは、とても難しいことです。だからと言って考え続けることをやめたり、わかりやすい言葉に逃げたりしてしまっては状況は悪くなるだけです。

哲学クラウドは組織を良くするためのサービスですが、これを起点に「考え続けること」が広まれば個々人の納得感も高まり、無用なすれ違いも減ります。そうすれば、たとえわかりあえなくても「お互いに納得感があるライン」は見つけられるはず。哲学は、そのための一助になると僕は信じています。

文=福岡夏樹

編集=新國翔大

写真=小田駿一

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