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YOSORO連載日本を良くする「仕掛け人たち」「ビジネスと真逆」だからこそ気づきが多い──2社の立ち上げと成功を経た連続起業家の“学び直し”
「ビジネスと真逆」だからこそ気づきが多い──2社の立ち上げと成功を経た連続起業家の“学び直し”

「ビジネスと真逆」だからこそ気づきが多い──2社の立ち上げと成功を経た連続起業家の“学び直し”

2023.08.29
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官僚や大手企業の幹部候補生、起業家──さまざまなバックグラウンドの人たちが集い、リベラルアーツを用いて「課題設定能力」を身につける場がある。それが東京大学 エグゼクティブ・マネジメント・プログラム(以下、東大EMP)だ。

東大EMPは、さまざまな分野における最先端の知識と思考方法を自らのものとし、深い洞察力、柔軟なコミュニケーション能力、課題設定能力、実行力を併せ持つ、高い総合能力を備えたリーダーを育成することを目指している。

哲学、宗教、法学、経済学、政治学などの人文科学分野から、医療・健康科学、脳科学、生命科学、宇宙・素粒子の自然科学の分野まで、東京大学の教授・准教授を中心とする100名以上の講師陣とディスカッションすることで、「思考の多様性」を学ぶことができるのが特徴だ。定員は25名、参加費は半年で約600万円だ。

2023年4月から東大EMPに通うことにしたのが、国内最大級の恋愛・婚活マッチングサービス「Pairs」を手がけるエウレカ、複数のDNVB(Digitally Native Vertical Brand)事業を展開するfrankyという2社の起業経験を持つ西川順氏だ。2度の会社の立ち上げ、グロースを経験した彼女が新たに“学び直し”、いわゆるリカレント教育に取り組むことにした理由は何なのか。

2022年10月、岸田内閣がリスキリングへの公的支援など“人への投資”に5年で1兆円を投じると発表したのは記憶に新しい。起業・経営というビジネスの現場を離れた彼女は、東大EMPに通うことでどんな変化があったのか。社会を変えんとする起業家の“学び直し”のリアルに迫った。

プロフィール

プロフィール

エウレカ / franky共同創業者、エンジェル投資家 西川順

立教大学経済学部卒。オランダ国立マーストリヒト大学留学。2008年にエウレカを赤坂優と共同創業し、恋愛・婚活マッチングサービス『Pairs』をリリース。2015年、エウレカを米国Match Groupに売却し、2017年に同社の取締役を退任。エンジェル投資家として国内外のスタートアップ約30社をサポートしながら、2018年より再び赤坂とともにfrankyとして始動。2023年4月より、東京大学EMP受講生。

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欧米の経営者と話して感じた、リベラルアーツの重要性

──エウレカ、frankyの2社の立ち上げ、グロースを経験した後、今年4月から東大EMPに通い始めています。なぜ、東大EMPに通うことにしたのでしょうか?

西川:昔から「大学院に通いたい」という思いはずっと持っていたんです。私は2017年にエウレカの取締役副社長を退任し、その頃から海外の大学院に通う計画を立てていました。ただ、愛犬が癌になってしまい、治療をするために日本に居続けることにしたんです。その後、エウレカを共同創業した赤坂(franky代表・赤坂優氏)と2018年8月にfrankyを始動したのですが、その際にも「会社が落ち着いたら、私は辞めて海外へ行くつもりだから」と伝えていました。赤坂も「それでも大丈夫だよ」と言ってくれたので、再び一緒に会社経営に取り組んでいくことにしました。

そこから3年が経った2021年に愛犬が亡くなって。生死と向き合うなかで、「このまま日本で会社をやっている日々でよいのだろうか」と考えるようになったんです。「昔からやりたかったことができる状態になったのだから、海外に移住し大学院に通うことにしよう」。そう思い、シンガポールに移住する準備を始めました。

そして半年ほどかけて引き継ぎなどを行い、ビザも取得した2022年末に海外へ移住しようと進めていたところ、急に私が結婚することになりまして。再び、国内に居続けることになったんです。すでにfrankyの取締役も退任していたので、「さて、日本で何をやろうかな」と、改めて志望したい大学院が国内にあるか調べ始めました。その結果、東大EMPに最も興味を持ったので応募することにしました。

──他と比較した際に、東大EMPの何が魅力だったのでしょうか?

西川:私は決してMBAなどディグリー(学位)が欲しいわけではなく、今まで勉強してこなかった分野の勉強がしたいと考えていました。

東大EMPは「課題設定能力」を獲得するために自然科学と人文科学両方の知識を増やし、より深い思考方法を身に付けることをテーマにしており、東大の現役教授を中心とした講師陣によって数学、宇宙、経済、宗教、哲学、国際関係といった幅広い分野の講義が行われます。

講義数は1日に4-5コマで、半年のプログラムで100コマ以上を受講することになります。こうした講義を通じて、20年以上いたIT業界でのビジネスからは得られないモノの見方が身につけられそうな点に魅力を感じました。

私自身、以前からリベラルアーツの必要性を感じてきました。その意識がより高まったのはエウレカをM&Aにより、米IACグループ傘下のMatch Groupへ売却してからのことです。

Match Groupを筆頭に海外の経営者と話をする機会が増えたのですが、彼らとやりとりする中で宗教や政治、哲学などビジネス以外の知識が豊富だなと感じたのと同時に、「自分の知識があまりにも不足しているな」と認識するようにもなりました。そういったきっかけもあり、知的好奇心を満たすためにもリベラルアーツを身につけたいという思いが強くなっていきました。

そして、知人に推薦状を書いてもらい、論文を提出し面接を受け、嬉しいことに合格。4月から東大EMPに通っています。

答えを求めず、プロセスを重視する。ビジネスの現場とは異なる価値観

──実際に通ってみて、何か新しい発見などはあったでしょうか?

西川:課題やグループワークが多く、さらに半年間で100冊、つまり週に4冊ほどの課題図書を読まないといけないなど、想像以上に忙しいです(笑)。それ以上に「答えを出そうとしてはいけない」という東大EMPのスタンスに慣れることは大変ですね。先ほど言ったように、東大EMPは「課題設定能力を鍛える」をテーマに掲げているため、課題の解決ではなく、何が課題なのかを正しく設定するための力を鍛えることを目的としています。

一番頭を抱えているのは、思考を身につけるための「課題」を見つけることです。簡単に答えを出せる課題は、すでにどこかの誰かが答えを出しているので、「何が課題なのかを設定するための力を鍛える」という目的には合っていません。

つまり、すぐに答えを出せないような課題を自分で見つけるところから始めるわけですが……これが想像以上に難しいのです。ビジネスの現場では何かしらの答えを出さなければいけないのですが、東大EMPにおいては違う。「Aなのか?」「Bなのか?」と答えを絞り出せるような質問も、東大EMPにおいては不適切なんです。

出される課題に関しても、どういった着地になるかは重視されません。それよりも、考えるプロセスを大事にしています。ここでも、ビジネスと真逆なのです。

ビジネスの現場ではプロセスよりも、成果を重視している。プロセスを大事にしていたら成果を出しにくくなり、会社が潰れてしまうこともありますからね。私にとって、今まで大事にしてきたことと真逆の環境に身を置いているけれど、結局、ビジネスの世界でも正しい課題設定は必須なので、これは後々の人生に役立つと確信しています。

日本人は欧米人と比べて課題を正しく設定する能力が低いと言われていて。だからこそ、東大は、MBAなどとは異なるEMPを始めたのではないでしょうか。私も5カ月ほど通ってみて、正しい問いを設定しないと正しい課題も把握できない。そして、課題設定を誤ると実行する施策もお門違いになってしまうということを痛感しました。

また、東大EMPの講義を受講することで、「人間は、普段、言葉の定義を曖昧なまま使っている」ということについても考えるようになりました。例えば、私が教授と話をする際に「自由」や「平等」という言葉を使うと、「自由・平等な状態とは具体的に何か。西川さんは今、自由なのですか?それはどういう状態を指すのですか?」と問われるんです。

今まで、何となく「自由」や「平等」といった言葉を使ってきたのですが、改めてその意味を問われると、きちんと深く定義していなかったと気づけるんですよね。

そこから言葉の定義を具体的にしていく思考の癖が身につくようになりましたし、いかに固定観念に縛られて物事を考えているかもわかりました。私が日々の生活において、大事にしていることとそうではないことがわかったのは良かったです。

また、クラスメイトのバックグラウンドも多様で、大手商社やメガバンクの幹部候補の方や官僚もいるのですが、私とは生きてきた環境や価値観が全く異なります。スタートアップ・ベンチャー業界の方々と話をする際は価値観が比較的近いので意図が伝わりやすい。

一方で、官僚や大手企業の方々と話をする際は、そもそも価値観が異なるので話が噛み合わないことが多い。その際、「それって例えばどういう状況のことですか?」などという風に言葉の定義をきちんと考えることで、お互いの認識がズレることなく話を進めやすくなったと感じています。

また、私が今までほとんど接することのなかった業界や企業の方と深く議論することで、「自分がいた世界がものすごく小さい世界だった」ということも肌で感じています。

──ChatGPTなどの生成AIが普及し始めている今、課題設定能力の重要性は増していきそうです。

西川:これからの時代、答えを出す部分はChatGPTなどが担っていくようになるでしょう。そうなったとき、大事になるのは正しい問い・課題を設定する力だと思います。おっしゃる通り、課題設定能力の重要性は間違いなく増していくと思います。

日本流のフィランソロピーのあり方を模索、新たな社会貢献のカタチ

──“学び直し”をすることで、今後のキャリアに変化はありましたか?

西川:実際に東大EMPに通い、課題やグループワークなどをやってみて、改めて自分はじっくり腰を据えて勉強することに向いていない性分なんだなと思いました(笑)。もちろん、実験社会科学など興味の持てる学問が見つかり、もっと掘り下げていきたい気持ちはあります。

ただ、トータルで見たときに私は勉強だけに取り組んでいるよりもビジネスに必要なことをその都度勉強しながら進める方が向いていると改めて感じました。

私が今、EMPの論文のテーマにするくらい興味を持っているのが若手富裕層の社会貢献、いわゆるフィランソロピーです。エウレカをMatch Groupに売却することで、一定の資産を築くことができました。でも、私は多額なお金がなくても生きていけるタイプなのと、資産を得た者の義務として社会に還元しなければならないとも思っていました。これまで寄付やエンジェル投資といった形で還元してきましたが、それ以外で社会貢献できる方法としてどんなものを選択するのが良いのだろうかと悩んでいました。

海外では資産家は社会貢献事業を行うことがもはや義務のようになっており、マイクロソフト創業者のビル・ゲイツやMeta(旧:Facebook)創業者のマーク・ザッカーバークなどは財団を創設し、社会貢献活動に取り組んでいます。

日本ではメルカリ創業者の山田進太郎さんがD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)を推進することを目的に「山田進太郎D&I財団」を創設したのは記憶に新しいと思います。

その一方で、資産家や富裕層は社会貢献に関心を持ちつつも、自分がどの分野に興味があるかが分からない人が多いそうです。また、興味がある分野が分かっていたとしても、社会貢献に結びつけるための仕組みづくりまで手が回らず、何もアクションできていないケースも少なくないため、そうした方々をサポートするビジネスも生まれています。

実際、知人の紹介で、そうしたビジネスを手がける人にお会いして話をする中で、自然とフィランソロピーに興味を抱くようになりました。論文を書きつつ、今後も現場で動いている人たちにたくさん会い、私にできることがあれば、それをビジネスにしたい気持ちはあります。

海外では会社の売却を通じて、数百億円の資産を手にすることが割と一般的です。しかしながら、日本においては桁が1つ少ないのが現状。そうなると、社会貢献に個人が数十億使うというのはなかなか難しく、できることも限られてしまいます。

であれば、ひとりではなく集団として、1人あたり数千万〜数億円ずつ出し合って社会貢献の活動に投資した方が影響力も大きくできるはずです。そういったことも視野に入れながら、私なりにできることを考えていきたいと考えています。

──最後に西川さんが考える「日本を良くする」ためのアイデアがあれば教えてください。

西川:難しいですね(笑)。東大EMPの授業でも、「日本は欧米に比べてXXXだけど」みたいな話題になると、「日本は、日本人は、というのを主語にするのは簡単だけど、それは思考停止している。違う発想をした方がいい」と先生がよくおっしゃいますね。

こういう質問を受ける際によく思うのは、日本は“日本のこと”だけを考えすぎているということです。もちろん、日本も課題が多いことは事実としてあるのですが、環境問題や少子化問題など、世界共通・先進国共通の課題はたくさんあると思います。“失われた30年”とよく言われますが、困っているのは決して日本だけではありません。

「グローバル人材を育てなければいけない」と言いながらも、日本のことばかり考えすぎた結果、なかなかグローバルに打って出ていく人が増えていかない。みんな日本国内に閉じこもってしまうわけです。社会課題はグローバルに山積していますし、日本人が活躍できるフィールドはもっとあるはず。

グローバルに打って出ていく人が増え、そして活躍する人が出てくることと、日本で活躍したい海外の人を受け入れればそれは結果的に「日本を良くする」ことに繋がっていくと思います。

文=新國翔大

編集=福岡夏樹

写真=小田駿一

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