家族である「ペット」には美味しく、健康に良いものを食べてもらい、なるべく長生きしてもらいたい──そんな飼い主の想いを汲み取り、成長を続けているスタートアップがいる。
フレッシュペットフード「ココグルメ」を展開する、バイオフィリアだ。一般的なペットフードと言えば、多くの人が“カリカリ”のドライフードや缶詰などをイメージするだろう。同社が展開するフレッシュペットフードは飼料原料を使わず、国産の肉と魚、野菜を低温調理したもの。代表取締役社長 兼 CEOの岩橋洸太氏は「愛犬の健康を維持し、少しでも長生きできるよう素材・製法・栄養に徹底的にこだわっています」と語る。
競合プレーヤーもいる中、同社はSNSの投稿にすべて返信したり、ユーザーの声を商品開発に活かしたりすることで熱量が高いファンを獲得。発売から4年半で会員愛犬数は20万匹、累計販売数は1億2千万食に達し、ARR(年次経常収益)は23億円規模にまで成長を遂げている。
もともと、岩橋氏は2匹の愛犬「リヴ」と「ぴの」を飼っていた。だが、愛犬2匹を立て続けに病気で亡くしてしまったことをきっかけに、「もっと何かしてあげられることがあったんじゃないか」という思いが心の中に強く残ったという。
当初は全く異なるビジネスを展開していたが、途中でフレッシュペットフードの開発に踏み切った。なぜ、“フード”の領域に着目したのか。20万匹が愛食するなど、右肩上がりで成長を遂げるココグルメ開発の経緯について、岩橋氏と共同創業者の矢作裕之氏に話を聞いた。
プロフィール
バイオフィリア代表取締役社長兼CEO 岩橋洸太氏
1989年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、SMBC日興証券にて未上場企業の上場準備、支援業務(公開引受業務)に従事。メイン担当者として IPO3件、市場変更1件の実績。退社後2017 年株式会社バイオフィリアを創業。ペット領域で複数事業を立ち上げ、2019年6月にフレッシュドッグフードブランド「ココグルメ」を開発・提供。愛犬はミニチュアダックスフンドのリヴ(享年15歳)、ぴの(享年14歳)、愛猫は元保護猫のちち丸、ちびちび、ぱん。
バイオフィリア共同創業者 矢作裕之氏
1989年生まれ。東京大学大学院卒。エンジニアとして、日本オラクル株式会社にてシステム開発に従事した後、株式会社バイオフィリアを共同創業。マーケティング・CRM・クリエイティブ・システムを管掌。エンジニア経験を活かしカートシステム・マーケツール・分析ツールまでを独自開発、マーケターとして3年半でココグルメを15万人超のサービスへと成長させる。シェアハウスで猫のロンとの暮らしや、岩橋との出会い、バイオフィリア創業を経て愛犬愛猫家に。
愛犬の死をきっかけに芽生えた「動物の幸せに貢献するビジネス」への夢
──ペット事業に関心を持った背景を教えてください。
岩橋:私の価値観に最も影響を与えたのが、2002年に起きた“とある事件”です。中学1年生のときに、猫がひどい虐待を受けて亡くなってしまう事件を耳にし、「なぜこんなことが起きてしまうんだろう」と思いました。
当時、私は家で「リヴ」と「ぴの」という2匹のミニチュアダックスフンドと暮らしていて、その子たちのことが本当に大好きでした。ただ、その事件を知って、「亡くなってしまった猫とこの子たちの命の重さに違いはない。尊い命がこんな扱いをされてしまう社会を変えたい」と強く思ったんです。
さらに、当時年間で40万匹を超える犬と猫が保健所で殺処分されている実態を知り、殺処分をなくすための活動もしていきたいな、と。そうした出来事が重なり、次第に「動物の幸せに貢献するビジネスをいつか立ち上げたい」という思いを持つようになりました。
──その後、バイオフィリアの起業に至った経緯はなんでしょうか。
岩橋:私は新卒でSMBC日興証券に入社し、未上場企業の上場準備を支援する部門に配属されました。そこで、上場間近だったユーグレナの出雲充社長のプレゼンテーションを見る機会があったんです。
ユーグレナは2012年当時、世界の貧困地域に栄養価の高いミドリムシを届けたいという思いのもと、ミドリムシを原料にした健康食品で売り上げを上げていましたが、出雲さんは、さらに今後はバイオジェット燃料を作るといった将来の話をし、「ミドリムシで世界を救う」という展望を語っていました。
私は「ミドリムシで世界を変えようとしている」姿に感銘を受け、背中を押された気がしました。それがきっかけとなり、動物の幸せに貢献するビジネスで起業することを決意したんです。
その後、2016年11月にSMBC日興証券を退職し、事業立ち上げの準備に入りました。当初はブリーダーと動物をお迎えしたい人をつなぐマッチングサイトの開発に取り組んでいました。業界の内側に入って、ペットの殺処分を少しでも減らしたいという思いが強かったんです。
何度も事業をピボットし、ようやく見出した「フレッシュペットフード」という活路
──矢作さんがジョインされたのはいつでしょうか。
矢作:僕と岩橋は高校の同級生です。卒業後、10年ぐらい会っていなかったのですが、偶然スターバックスで再会して(笑)。僕は学生の頃からプログラミングが好きで、新卒でオラクルに入社してエンジニアとして働いていました。岩橋と再会したのは入社4年目の時です。「そろそろ会社を辞めて、何か社会の課題を解決するようなことがしたい」と思っていた頃でした。
岩橋:私は証券会社を退社するまでプログラミングをしたことがなかったので、1ヶ月ぐらいプログラミング教室に通いました。それから、カフェで黙々とサイトの開発に取り組んでいたんです。2017年1月のある日、少し離れた席で矢作がパソコンをタイピングしている姿に気づいて。
それで、「ちょっと今こんなの作っているんだけど見てくれない?」って頼んだんです。今振り返ってみると、そのサイトは本当にひどくて。UIも崩れまくっているし、全然イケてなくて(笑)
矢作:僕自身、当時はまだ動物に対する特別な思いがあったわけではありません。ただ、岩橋は会社を辞めてて本気だし、確かにサイトのできはひどかったので、軽い気持ちで「それなら手伝うよ」というところから岩橋を手伝うようになりました。
岩橋:スタートアップでサービスを開発しようとしているわけですから、エンジニアが絶対に必要。矢作は絶対に仲間にしたいと思ったんです。何とか矢作を巻き込んで、2017年8月にバイオフィリアを起業しました。
——最初にブリーダーと飼い主のマッチングサイトを立ち上げたとのことですが、なぜペットフード事業にピボットしたのでしょうか。
岩橋:マッチングビジネスにはすでに先行するプレーヤーが多くいて、後発で会員数ゼロの状態から追いかけるのはとても厳しい状況でした。また、ブリーダーさんは全国各地にいるので、登録してもらうための説得をするのも1日3〜4人をまわるのが精一杯で。
ビジネスとして成立させるには力不足で、諦めざるを得なくなりました。それから2年間に事業を4回ピボットしたのですが、すべてうまくいきませんでした。資金も尽きかけた状態で、可能性を見出したのがフレッシュペットフードの事業です。
市販のフードと手づくりご飯では寿命が3年ちかく違う
——なぜ、フレッシュペットフードだったのでしょうか。
岩橋:私の個人的な体験が関わっています。起業してから2年間の間に、2匹の愛犬「リヴ」と「ぴの」が立て続けに病気で亡くなってしまったんです。15歳と14歳でした。2匹とも、動物病院で肺に影があると言われてから1週間後に亡くなりました。2匹とも、容態が急変してから1日中苦しんでいて……
そんなふうに目の前で愛犬を看取ったときに、「私のお世話の仕方がいけなかったんじゃないか。もっと何かしてあげられたんじゃないか」という思いに駆られました。そこでペットが健康を維持し、少しでも長生きできるために何かできないだろうかと思ったんです。そんな時に、とても衝撃的なデータを知りました。
——どのようなデータでしょうか。
岩橋:ベルギーの大学の研究チームが発表したデータ(2003年時点)です。犬種・性別・大きさ・体重など537匹のさまざまな犬の情報を集め、生活習慣・環境と寿命の関係を調べた結果、飼い主が手づくりご飯を与え続けた場合、市販のドライフードをあげ続けた場合と比較して、3年ちかく寿命が長いことがわかったのです。人間に換算すると、犬にとっての1年は人間にとって3年余りと言われているので、約10歳7ヶ月も長生きできる計算になります。
このデータにはとても驚きましたが、同時に納得感もありました。人の食べるものは「食品」に分類され、食品衛生法によって管理されていますが、日本においてペットフードはその対象外。「雑貨」として扱われています。原材料も、製造や流通における衛生管理も、基準が全く違います。
ペットロスの原因は死そのものよりも何もしてあげられなかったという後悔の方が大きい、健康に良い手づくりご飯を食べさせていたら、病気にならずに寿命を全うできたかもしれないと思ったことをきっかけに手づくりのフレッシュペットフードの開発を考え始めました。
調べてみるとアメリカにはフレッシュペットフードを開発する会社が複数あり、市場が立ち上がりつつあることがわかりました。ここに大きなビジネスチャンスがあるんじゃないかと思ったんです。
ココグルメの成長を支える「熱狂的なファン」の存在
——フレッシュペットフードの特徴について教えてください。
岩橋:簡単に言えば、人が食べるものと同じ「食品」基準で作られたペットフードです。定義的には、ドライ加工もレトルト加工もされていないものを指しますが、その多くが原材料は人の食べ物と同じ食品で、国産の肉と魚、野菜をバランスよく配合し、余分な添加物を入れず、低温で調理、冷凍パックで販売されています。
従来のペットフードはドライフードとウェットフードの2種類が主流で飼料グレードの商品が中心でした。それらは金額が安いというメリットはある一方で、中には健康面や安全性に不安があると言われているものもあります。また添加物も食品では使用不可なものが使用されているケースがあります。
——スタートアップが食品を開発するのは大変だったのではないでしょうか。
岩橋:ペットフードの開発においては素人だったので、まずは業界の常識にとらわれず、ゼロベースで愛犬に最適なフードを作っていこうと決めたんです。
食材、栄養成分、製造、保存方法、販売方法、金額など、ありとあらゆるものを矢作と話し合って、イチから開発していきました。当初は私が家で試作品をつくり、それを一緒に暮らしている猫に食べてもらうことから始めました。
その後はアメリカのフレッシュペットフードを参考にしたり、栄養素について勉強したり。手探りの状態が続きましたが、北海道大学動物機能栄養学研究室の小林泰男教授、管理栄養士、獣医師の方に相談・監修してもらいながら試行錯誤を重ね、愛犬に最適な味と栄養のバランスでレシピを完成させることができました。
そうして私たちが2019年6月に販売を開始した「ココグルメ」は、100%食品と同様の基準の食材を使い、動物に最適な栄養管理をして、100℃以下の低温調理をします。加工はペットフード工場ではなく、人間と同じ食品工場にて行っています。
肉、魚、野菜、昆布などの原材料はすべて国産。酸化防止剤、発色材、pH調整剤、保存料、着色料などの添加物は一切使っていません。調理後に真空冷凍して冷凍便で配送しているので、そのまま冷凍庫に入れれば18ヶ月保存できます。ココグルメ自体が食品ですので、人間が食べても問題のない品質になっています。
——理想のペットフードが完成したとはいえ、日本ではフレッシュペットフードという市場が大きくないなかで、全く認知度がないスタートアップが従来よりも高価な商品を販売するということに、難しさはなかったのでしょうか。
岩橋:確かに日本にはお馴染みのペットフードメーカーが多数あり、スーパーやホームセンターのペットフードコーナーでは大きな棚を埋め尽くしています。
スタートアップが既存の販売経路で競争するのは確かに厳しいですが、SNSが広まり、メーカーでもダイレクトにお客様と繋がれるようになりました。この環境が整ったことは大きかったですね。
矢作:SNSを軸としたオンライン施策もそうですが、代々木公園の近くでポップアップストアを作ってチラシとサンプルを配って試食してもらうといったオフライン施策にも取り組みました。お客様に商品を直接届けられ、価値を感じてもらえる時代になったからこそ挑戦を決意できました。
D2Cというモデルによって高品質な商品を適正な価格で届けられますし、お客様の声を商品開発にスピーディに生かすこともできます。ココグルメは発売から4年間で8回リニューアルしており、偏食・少食であっても愛犬の完食率は95%に達しています。
——競合プレーヤーもいる中、なぜココグルメは大きく成長できているのですか。
岩橋:ココグルメはお陰様で発売から4年半で会員愛犬数は20万匹、累計販売数は1億2千万食に達し、ARRは23億円規模にまで成長を遂げることができました。成長の背景には他社とは異なり、フレッシュペットフードの開発のみに注力していることも挙げられますが、何より大きいのが“熱量が高いファン”を形成できている点にあります。
SNS上のココグルメに関する投稿はすべて目を通し、すぐに反応するようにしています。また、先ほども話したようにお客様の声を商品開発に活かし、定期的にリニューアルも実施しており、こうした取り組みが熱量高いファンを生み出すことに繋がっているのです。
その結果、ココグルメを買い続けてくださるリピーターが増えており、リピート率は95%と、オンライン販売の商品としてはかなり高い数字を達成しています。
「家族」であるペットの幸せを、食事から作る。それが「人」の幸せにもつながる
——今後の展望を教えてください。
岩橋:いま、ココグルメの会員愛犬数は20万匹で、日本全体にいるペット数800万匹の2.5%にしか届けられていません。まだまだ国内市場に成長の余地はあります。また、2022年6月に販売開始した愛猫用のフレッシュペットフード「Miao Gourmet(ミャオグルメ)」もさらに成長させていく予定です。
世界のフレッシュペットフードの市場は2030年には世界で4兆7000億円になると予測されています。もちろんペットに国境はないので、世界中の愛犬、愛猫にココグルメを味わってもらいたいという気持ちがあります。
私たちは、この事業には社会貢献的な側面があると信じているんです。ココグルメを世界中の愛犬、愛猫に食べてもらうことで、その子たちが寿命を全うできるようになってほしい。
私たちバイオフィリアは「家族」であるペットの幸せを、食事から作っていきます。ペットの幸せそうな姿を見たら、それがきっと「人」の幸せにもつながっていくはずです。
文・写真=嶺竜一
編集=新國翔大