2022年に公開し、興行収入30億円超となった『余命10年』の藤井道人監督らが所属し、東京を拠点に映画・ドラマなど数々の人気映像作品を世に送り出しているのが、コンテンツスタジオ「BABEL LABEL」だ。2023年1月からはNetflixと戦略的パートナーシップを締結し、オリジナルコンテンツの海外展開を推進。2024年5月には同社初の国際プロジェクト映画『青春18×2 君へと続く道』の公開が控えるなど、コンテンツスタジオとして勢いが増している。
Netflixを筆頭に、Amazon Prime VideoやDisney+など外資のコンテンツスタジオが膨大な製作費を元手にさまざまなコンテンツを製作し話題を集める中、日本発のコンテンツスタジオに勝機はあるのか。今回、サイバーエージェントグループ傘下のBABEL LABEL代表取締役社長の山田久人氏にインタビューを実施。日本のコンテンツ業界の現状、コンテンツ製作における課題、そして世界へ打って出るための取り組みや考えなど、話を聞いた。
プロフィール
BABEL LABEL代表取締役社長 山田久人
1986年生まれ。BABEL LABEL代表取締役社長。大手CM制作会社勤務後、BABEL LABELに入社。CMやMVのプロデュースから始めドラマでも『八月は夜のバッティングセンターで。』や『量産型リコ -プラモ女子の人生組み立て記-』などをプロデュースし、映画『最後まで行く』では製作を担当。
日本のコンテンツは大きな可能性を秘めている
──日本のコンテンツ業界の現状について、どのように捉えているのでしょうか。
コロナ禍を経てNetflixやAmazon Prime Video、Disney+など、OTT(オーバー・ザ・トップ)と呼ばれるインターネット経由の配信サービスを通じて、動画コンテンツがたくさん流通するようになりました。作品が飽和状態というぐらい数多くあるなかで、何を観るか、視聴者が作品を選ぶ時代になったと思います。
もっと言うと、人からオススメされないと観ない。映画やドラマ以外にYouTube、TikTokもありますし、時間を使って面白くないものを観る時代ではなくなっているな。と。
作品を観る前から面白そうと思わせなければいけないし、いざ観始めたら止まらないぐらい面白いものでないといけない。そして、それだけの面白さがあって人にオススメできる作品がヒットしていると感じています。視聴者の目が厳しくなっている一方で、しっかり良いものをつくれば結果として返ってくる世の中になっているように思います。
──BABEL LABELは2023年1月にNetflixと戦略的パートナーシップを締結、海外への作品の展開にも積極的に取り組んでいます。視聴者の反応は、日本と海外で違いはありますか。
韓国や台湾などの事情を関係者から直接聞くこともありますが、視聴者が観たい作品を選ぶようになったという習慣は、日本だけでなく海外でも同じだそうです。
BABEL LABEL所属の藤井(藤井道人監督、以下藤井)が手がけた『最後まで行く』という作品は昨年、日本の劇場で公開された際、高評価を得ました。日本でのヒットに加えて、公開後にNetflixで配信したところ、海外の視聴ランキングで上位に入ったんです。
日本でも国内の作品だけでなく、韓国ドラマなどがNetflixでは視聴ランキングの上位に入っています。似たような現象は海外でも起きているんです。
日本にいても海外の作品を観られる機会がたくさんあるように、日本発の作品を海外に届けられるチャンスはたくさんあると感じているところです。
実際、海外の方に日本の印象を聞くと、映画やドラマに限らず、アニメや音楽、漫画など、日本のコンテンツのファンはものすごく多い。特に日本の漫画原作をもとに映像作品をつくりたいという話は色々な国の人から聞きます。日本人が思っている以上に、日本のコンテンツは注目されている。
国内に十分な市場規模があったために、これまでは海外にコンテンツを出しきれていませんでしたが、これから世界に出ていくのはチャンスだと思います。
「制作費が低すぎる」問題、作品の販路をもっと開拓すべき
──韓国は映像作品や音楽など、世界規模でヒットするコンテンツを数々生み出しています。日本のコンテンツが世界的なヒットを生むために必要なことは何か、お考えはありますか。
映像業界で言うと、制作費の問題があると思います。海外と比べて、日本の映像作品の制作費は著しく低い現状があります。
BABEL LABELがサイバーエージェントのグループに加わったのも、制作費の基準を上げて、映像の価値を最大限高められるようにしたいと思ったことが理由のひとつです。グループ入りしたときには藤田晋社長からも、「サイバーエージェントのためではなく、BABEL LABELが日本のエンタメ業界を引っ張って海外で大ヒットできるよう支援する。そのために頑張ってほしい」と言っていただきました。
制作費を上げて映像のクオリティを高められれば、日本のコンテンツは世界でヒットするポテンシャルを秘めていると思います。ここ20年ほどは国内のヒットで成り立っていましたが、ここから世界に日本のコンテンツを届けていく。
そのためには、映像製作をしている方々と配信プラットフォームとの間にいる私たちコンテンツスタジオが制作費を上げるチャンスを作りに行く。そして代わりにリターンを何倍にも増やすことが、使命だと思っています。
また、日本のエンタメを海外で売るための販路を広げる必要もあると感じています。国内市場だけで成り立っていたので、映画・ドラマ業界は海外を見据えたビジネスはまだまだできると思っています。日本のコンテンツを海外へ売る人をもっと増やせればいいな、と。
その点、BABEL LABELとしては海外の映画会社や放送局との取り組みを増やし、その国の映画祭にも顔を出していきたいと思っています。
最近だと、畑中(畑中翔太プロデューサー)が手がけたテレビ東京系列の『量産型リコ -もう1人のプラモ女子の人生組み立て記-』というドラマが、中東で放送開始しました。作品の制作時にそんな展開は想像していませんでしたが、具体的な事例が出てくると、それをふまえて企画しようとなりますし、自分もやってみたいという人が現れるようになります。作り手のためにも、作品を売ることをもっとがんばるべきだと考えています。
現在は、韓国をはじめアジアを中心に、さまざまな国の映画会社とコミュニケーションをとりながら取り組みを進めています。国境を越えて作品をつくると、必然的にビジネスも国境を越えます。Netflixとパートナーシップを組む一方、自分たちで実際に作品を観てくれる現地の方々と話をして、作品に何が求められているかを探る努力はしていくべきだと思っています。
台湾との合作を通して得た「気づき」
──2024年5月3日に公開予定の『青春18×2 君へと続く道』は台湾の映画会社との合作です。制作の経緯を教えてください。
日台合作の作品をつくりたいという思いから、5年前に私と藤井とで台湾へ出向いたのがきっかけでした。藤井自身が台湾にルーツがあり、かつ現地の映画祭で賞を獲っていたことがあるんです。そんな背景もある中、合作は今後のキャリアのために絶対やっておきたいと思い、滞在3日間で約10社以上の映画会社を訪問しました。
そこで台湾の映画監督やディレクターと知り合い、彼らが日本で何かするときには藤井自身が手伝うなど、お互いのために助け合うような仲間になったんです。
作品面で言うと、台湾には親日家の方が多くいる一方で、日本にも台湾にルーツをもつ方がいるなど、相互に近しい感覚がある。その双方の国民性をもとにして一緒に映画をつくることで、新しい今の時代を描けるのではないかと考えました。
今回、主演を務めたシュー・グァンハンは、台湾での人気もさることながら、韓国でも非常に人気です。海外で作品の宣伝をするなかで、韓国での反響が大きく、アジアでの彼の人気ぶりには驚きました。日本作品しか見られてない方への浸透は、まだこれからだとも感じました。そこで国境を感じてしまった面もあります。
ほかにも今回の合作を通じて、他の国の映像制作の環境について学べましたし、日本のやり方が海外から見ると、実は独特だったということにも気づきました。苦労もありましたが、とても勉強になりました。
──海外で作品に対して反響があった場合、それをふまえてさらに海外向けに作品をつくるのでしょうか。それとも、まずは日本でヒットするものをつくってから海外へ売っていく、というお考えなのでしょうか。
どちらのケースでも成功体験を創っていきたいです。今は作品性に重きをおいて制作し、海外に出せないかと考えるパターンが主です。この先、海外の買い手が求めるものを念頭に置いてつくる作品も出てくると思っています。
ビジネスサイドから監督やクリエイターに機会を与えられる環境を用意したいというのは、コンテンツスタジオの代表とプロデューサーを兼務している自分自身ならではの考えです。所属している監督やクリエイターにたくさんのチャンスを作っていきたいと思っています。
例えば、日本のエンタメが海外に広がると、国を越えてそのクリエイターの作品を観たいという人が現れるのは当然だと思います。そうなると、その人たちのいる地域や国に向けた作品づくりがどんどんできますし、将来的にはエンタメは国境を越えるべきだと思っています。日本だけではなく海外のファンも増やして、そこを目がけて面白いものをつくることができる体制を構築できればと考えています。
日本に不足する脚本家、若い芽を育てるための仕組み
──BABEL LABELの強みは何でしょうか。
実写の映像制作について、これまでの日本のコンテンツ産業では、企画を考える時間にお金が支払われないのが常識でした。成立しなかった企画の開発に、お金が払われない。そのため企画を考える人が稼げず、脚本家が増えないということが業界の課題でした。
しかし、そのままでは世界と伍するのは難しい。そう考え、日本の若い脚本家に投資してプロを育てようと、2023年に「Writers’room」を設立しました。
現在は脚本家たちに月々の給料を支払いながら、BABEL LABELのプロデューサー陣と組んでグローバルヒットを目指した企画開発に取り組んでもらっています。Writers’roomには、350人ほどの応募から選ばれた11人の脚本家が在籍。最年少は当時17歳で、最年長は30代です。
すでに活躍している人ではなく、これから芽が出そうな人を選びました。こういった大胆なシステムを取り入れているのは、私たちの強みかなと思います。
──フジテレビで2022年に放送し国民的なヒットとなったドラマ『silent』は、同社の主催する脚本コンテスト「ヤングシナリオ大賞」で大賞を受賞した新人脚本家の生方美久さんを抜擢して制作されたことが題になりました。
『silent』の事例はとても素晴らしく、自社で見つけた若い才能に大型のドラマをつくるチャンスを与えて大ヒットを生んだことは、すごくいい成功事例だと思っています。私たちも、自分たちで見つけた若い世代に数年間にわたって脚本づくりに集中できるように支援して、機会をしっかり与えて、大ヒットを生み出せる脚本家を輩出できればと考えています。
ただ、BABEL LABELに所属する人材をとにかく増やさないといけないと考えているわけではありません。現状、日本の監督やプロデューサーで、海外に作品を届けようと考えている人は多くないと思っていて。BABEL LABELという船に乗ることで海外で活躍できそうと思ってもらえるのなら、私たちも一緒に作品づくりをできたらいいな、と。
少数精鋭でやっていきたいと考えているわけではないので、その点はウェルカムですし、結果的に仲間が増えたらいいなと思います。
「もう少し時間がかかる」、コンテンツとAIの関係性
──ハリウッドでは2023年、AIを映画の制作に導入することへの懸念から、俳優や脚本家の組合によってストライキが行われました。生成AIの技術の進展などもありますが、映像制作におけるAIの活用についてお考えはありますか。
実写の映像制作に関して言うと、必ず活用されていくものだと考えていますがAIのようなクリティカルな技術の導入にはもう少し時間がかかるのではないかと考えています。
我々がちょうどその影響を受けてきた世代だからこそですが、そもそもAIの進化に問わず、実写制作の業界は、技術の進歩にとても影響を受けてきています。フィルムカメラがビデオカメラになり、カメラが小型化し、照明機材も進化しました。
その結果、撮影に必要なスタッフの数は減り、機材にかかる費用も少なくなりました。そのため、我々の業界は技術が進化することで影響を強く受けやすい業界だとは思っています。
しかしそんななかで思うのは、実写制作では俳優の皆さんのお芝居を大事に作品づくりをしているので、「俳優のためになる技術であれば導入が進むのではないか」ということです。
逆に言うと、1回限りのお芝居が生命線である俳優の仕事に抵触するようなことがあれば、その活用を提案するのは難しいのかなと思います。
一方で将来的に技術が発展し、表現方法の拡張や業務効率の向上など、その活用方法を見いだせれば、AIを使うようになる可能性はあると思います。
──最後に、BABEL LABELが「21世紀を代表するコンテンツスタジオ」を目指す意気込みをお聞かせください。
Netflixが登場したことで、みんな自然と「海外でもヒットできるのでは」と考える時代になっていると思っています。よく藤井とも話すのですが、Netflixが現れて以降の数年、コンテンツ業界には新しい世界が訪れているのではないか、と。
「今までと似ているけど何か新しいものが来ている」と考えて、既存のシステムで間違っているものがあれば変えていく。切り拓こうとすると大変なことも多いですが、業界にとって絶対に正しいことをやっていると信じて、先頭に立って走っていきたいと思います。
日本でドラマや映画が好きな方々にBABEL LABELというコンテンツスタジオを好きになってもらうための努力を重ねて、さらにコンテンツを海外で大ヒットさせるのがミッションだと考えています。コンテンツのクオリティを世界レベルにまで持っていくことに全うしていきたいです。
文=加藤智朗
編集=新國翔大
写真=小田駿一