連続起業家、シリアルアントレプレナーによる起業は、果たして成功確率が高いのか──。政府も「スタートアップ育成5か年計画」を掲げ振興に本腰を入れるなど追い風が吹くなか、過去の起業でIPOやM&Aといったイグジットの実績を残しながら、新たな起業に取り組むシリアルアントレプレナーの活躍が目立つようになってきた。
そこで疑問に浮かぶのが、冒頭の問いだ。これに真正面から、シリアルアントレプレナーらが答えるトークセッションが開催された。
登壇したのは、フリマアプリ「フリル(現ラクマ)」運営のFablicを創業、同社を楽天へ売却後に家計簿プリカ「B/43(ビーヨンサン)」を提供するスマートバンクを創業した堀井翔太氏。クラウド人事労務ソフト「SmartHR」を提供するSmartHRを創業、ARR(年間経常収益)100億円超に育て上げたのち、株式報酬SaaS「Nstock」を開発・提供するNstockを創業した宮田昇始氏という2人の連続起業家。
そして社員数約60人のメルカリに入社後、在籍5年で1800人超の組織規模に至るまで人事・採用を中心にHRを牽引、現在は法人支出管理SaaS「バクラク」などを開発するLayerXで人事を務める石黒卓弥だ。モデレーターは、ALL STAR SAAS FUND マネージングパートナーの前田ヒロ氏が務めた。
「2回目の起業の方が成功確率が高い」と断言できるワケ
前田:今日は「シリアルアントレプレナーから学ぶ」をテーマに、1回目の起業で成功体験をもった起業家が、2回目の起業にあたってどういう市場を選んで、どのような学びをいまの経営に生かしていて、どうプロダクトをつくっているかなど、ディスカッションしていきたいと思います。ひとつめの質問ですが、「2回目の起業のほうが1回目と比べて成功確率が高いと思うか」。理由も含めて教えてください。
堀井:2回目のほうが確率は絶対に高いと思います。大きな理由のひとつは、「人とお金に最初からブーストをかけられる」ことです。お金の面では、1回目の起業に成功した人は、2回目の起業では期待値をもとに、高いバリュエーションで最初の資金調達ができます。
前回の起業時にリターンを返したVCがすぐに出資してくれたりするのは大きいです。自分もまだプロダクトがない状態でしたが、10億円ほど調達することができました。プロダクトのない状態から期待値でバリュエーションを高くつけてもらって資金調達することができるのは大きなポイントだと思います。
人の面で言うと、2回目の起業で会社に加わってもらった最初の10人ほどは、1回目の起業時に活躍してくれたメンバーたちでした。エンジニア中心ですが、開発もできるしマネジメントが必要ない人たちに最初から入ってもらえたのは大きかったです。
宮田:自分も2回目の起業のほうが成功確率は上がると思います。「信用」が最初から一定あるんですよね。採用も、1回目の起業のときは採用候補者から「こんな怪しいやつと一緒に何かやって大丈夫か」と思われるようなこともあったのですが、2回目だと1回目の実績を踏まえてちゃんとした人だと見られるので、そこは全然違うなと思います。
あと、Nstockは事業内容が法律との関わりが大きいため、ロビイング活動にも取り組んでいるのですが、そこでも信用が生きていると思います。政府は日本のスタートアップが成長するためのボトルネックが株式報酬の制度だと認識しているものの、どう変えると当事者が嬉しいかはわからないので、知りたいと思ってくれている。そこで、ユニコーン企業(編注:SmartHRは評価額10億ドル超のユニコーン企業)の創業者ということで自分に意見を聞きにきてくれるんです。
もう1つあるのが、PMF(プロダクトマーケットフィット)するプロダクトをつくる感覚。2回目の起業だからこそ、精度高くもてていると感じます。最近ある人から言われてなるほどと思ったのが、「PMFするプロダクトをつくれるのって、逆上がりと似てますよ」と。1回できるまではやり方がわからなくて何回も失敗するけど、1回できてしまうと何回もできるようになるというのは、確かにと思いました。
前田:石黒さんはメルカリ在籍時に山田進太郎さん、LayerXでは福島良典さんというシリアルアントレプレナーを見てきていますが、経営に再現性はあると思いますか。
石黒:人に対するキャパシティが広いと思います。例えばマネージャークラスの人だと自分のチームに合う人を採りがちなところ、事業づくりをしている人たちは多様な人を受け入れて、どうしたら上手く活躍してもらえるかを考え、場づくりをしている。「こういうアサインもアリなのでは」と、アサインのバリエーションが広いと感じます。過去の起業を経て、人の活躍のパターンをさまざま見てきているからではないでしょうか。
市場選定で意識したのは「上りのエスカレーターに乗れるか」
前田:2回目の起業にあたって、市場選定の基準やその選んだ事業の勝ち筋について、どう考えてきたのか教えてもらえますか。
宮田:スタートアップにまつわる株式報酬制度や、未上場スタートアップの株式を取引するセカンダリーマーケットに関する事業に取り組んでいるのですが、スタートアップでの株式報酬のあり方や、スタートアップを取り巻く株式市場の仕組みを見ていて「明らかに何か変だ」と思う部分がとても多かった。ですので、「みんなが同じように課題意識をモヤモヤと抱えているはずだから、きちんとソリューションを提供できれば使ってくれるはずだ」と考えました。
あとは1回目の起業時の後半で、もっと大きなことをやりたい欲が出てきてしまったんです。1社目のSmartHRはARR100億円を超える売上規模になり、すごい会社ではあるのですが、そのCEOを退任する前に「金融!不動産!鉄!油!みたいな重厚長大な産業に関わる事業を一回やってみたい」とX(旧Twitter)でツイートするぐらい、規模の大きなことをやりたくなってしまった。Nstockで取り組み始めた領域はTAM(最大市場規模)も大きそうなので、わくわくしています。
堀井:シリアルアントレプレナーあるあるで、次に何の事業をやるか考えるとき、「少なくともその前の起業時より大きいトラクション(事業の伸びを示す指標)の事業をやりたい」とみんな言うんですよ。自分はフリマアプリをつくっていたので、アンカー(参照点)はメルカリになります。
事業のつくり方ですが、「ユーザーからの気づきを踏まえて本当に使われるものをつくる」というやり方をベースにしています。それに加えて2回目の起業で意識したのは、「上りのエスカレーターに乗れるか」。過去の例で言うと、例えば“スマホが普及するタイミング”です。人々が広くiPhoneを使い始めたタイミングでフリマアプリをつくったことが、自分の1回目の起業が上手くいった要因だと思っています。
2回目の起業ではフィンテックを事業テーマに選びましたが、これは“キャッシュレス化の進む未来”と、“デジタル給与の解禁など大きなゲームチェンジが生まれうる法改正が起きる分野”であることを踏まえています。
宮田:堀井さんが言う「上りのエスカレーター」、僕らは「ビッグウェーブ」と読んでいます。僕らは、“スタートアップの社数が増えて、規模も大きくなる”未来に賭けている会社です。株式報酬制度に関しては法改正の動きもあります。堀井さんと考え方が完全に同じで、笑ってしまいました(笑)。
1回目の起業で失敗した「評価制度」と「権限移譲」
前田:2回目の起業で、1回目の経験をふまえたリスク回避や先回りして打っている施策はありますか。
宮田:組織づくりのなかでSmartHRの経営をしていた頃の反省としてあるのが、評価制度なんです。社員が15人ほどのときから運用を始めていて、早い段階で導入したことは大正解でしたが、つくり込んだものを用意して運用の負荷を重くしてしまったのが失敗でした。
人数が少ないときは問題なかったのですが、会社が大きくなるにつれて評価の負担も大きくなってしまった。それを踏まえ、Nstockでいまつくっている評価制度は負荷が軽くなるように設計しています。
前田:評価制度はどれぐらいの期間にわたって使い続けるか、イメージしているんですか。
宮田:いい質問ですね。ほとんどすべての制度、会社の掲げるミッションには耐用年数があると思っています。それも2回目の起業だからこそわかっていることかなと。いまつくっている評価制度は、耐用年数というか、「社員数が100人になるまで使う」と決めています。100人規模になると今回の評価制度は機能しなくなるので、そのタイミングで制度を変えることは、会社のメンバーにあらかじめ話しています。
堀井:自分が前回の起業時の反省をふまえて心がけているのは、権限移譲かなと。いちばん大きな反省点は、組織が100人ぐらいの規模になっても権限移譲ができていなかったことなんです。現場のマネジメントや、細かいところではプロダクト開発の仕様に口を出したり、プロジェクトの意思決定にもひとつひとつ創業者全員が携わったりしていました。機動力の低い組織体だったと思います。
今回の起業ではその点を強く意識していて、例えば創業メンバー3人の定例ミーティングでは、その仕事は本当に自分でやる必要があるかのか?、という質問を投げかけて、お互いに牽制し合っていました(笑)。あとは最初からマネージャーを務められる人を採用するよう心がけるなど、細かくマネジメントする必要がないメンバーで組織をつくっていったんです。
前田:会社のメンバーの待遇や報酬設計について、1社目と2社目での違いはありますか。
石黒:採用競争力はとても大事で、スタートアップでは報酬の手段としてストックオプション(SO)があります。私自身、メルカリ在籍時にその恩恵を受けているので、当事者として採用候補者に説明しやすいというのはあります。
SOの行使を通じて大きな資産を得られる可能性があるのは未上場の会社ならではの面白さだと思いますし、そこをちゃんと説明できるのは大きいですね。
LayerXは現在、220人ほどの規模の会社なのですが、私がすべてオファー面談を担当しています。採用候補者の方には、「入社するとこういう給与額で次の査定ではこのぐらい、例えば社内の平均ではこのぐらい金額が上がっています。ストックオプションは、この時価総額だとこのぐらいの価格になります」というように、待遇や報酬については丁寧に説明することを心がけています。1社目のときと比べて、適切な説明をする能力はついてきたと思いますね。
前田:今のフェーズで求めている人材についても聞いてみたいです。
石黒:「事業をつくれる人がほしい」と、代表の福島と松本(編注:代表取締役CTOの松本勇気氏)から言われています。LayerXではいま3つの事業に取り組んでいますが、さらに複数の事業をつくっていきたいと思っています。
これまでも「CTOクラスの人がほしい」という話は社内で挙がっていたのですが、次は「CEOクラスの人がほしい」と言われて(笑)。自分で会社を立ち上げて経営できるような方々にどんどん集まってもらって、会社をもっと大きくしたいと。
シリアルアントレプレナーが挑戦を続けるモチベーションの「源泉」
前田:CEOマインドをもった人にきてもらいたいということですね。では最後の質問です。「1回目の起業で大きなお金を手にして、2回目の起業で本気になれるのか」。教えてください。
堀井:起業にいちばん重要なのは、ハングリーさだと思っています。自分は日本で最初にフリマアプリを世に送り出したわけですが、業界のナンバーワンはメルカリになりました。
そもそもフリマアプリというカテゴリー自体、インターネット業界で10年にひとつ生まれるかどうかのレベルのものだったと思います。結果的に広くプロダクトを普及できたのはメルカリであり、それを発明することはできたけど、事業としてスケールすることはできなかった。
最初に起業したC向けのプロダクトは、人々の習慣を変え、社会を変えることができると実感した成功経験でもあり、失敗体験でもあったので、今度はC向けのフィンテックの分野で社会にインパクトを与えるプロダクトを作りたいと思っています。
宮田:SmartHRは未上場なので、現段階でまとまったお金を得ているわけではないのですが、いまのモチベーションはお金ではなくなっています。それは、ライフワークにできる事業に取り組んでいるからかなと。「スタートアップ業界で働くことを本当にオススメしたい、その働くために課題となっている部分を変えたい」と思って、株式報酬やセカンダリーマーケットの事業に取り組んでいます。
前田:皆さん、素晴らしい意気込みですね。本日はありがとうございました。
文=加藤智朗
写真=近藤玲子