「初めまして」。紙の名刺の代わりに、カードを差し出される。「スマートフォンをかざして見てください」と言われてその通りにすると、不思議なことに、一瞬でスマホ画面にプロフィールページが現れる。「スタジオプレーリーの坂木と申します」。
プロフィールページには、Facebook、Instagram、X(旧Twitter)、LINE、名刺管理ツールのEightなどのボタンがある。Facebookボタンをクリックすると、坂木氏のFacebookページに飛んで、すぐその場で友達になれた。「なんで?」。何かアプリをインストールしたわけでもない。カメラを起動してQRコードを撮影するといった手間もない。
「デジタル名刺」というこの新しい仕組みを作り出したのは、スタジオプレーリーというシェアハウス発のスタートアップ。ヨーロッパでは16世紀から社交界での挨拶用として使われるようになり、日本でも明治以降に社交界で盛んに使われるようになった名刺。この「名刺交換」という文化・形式を守りながら、紙からデジタルにアップデートしたサービス「プレーリーカード」が今、ユーザーを増やしている。
また、2023年9月27日にはインクルージョン・ジャパン、MIXIを引受先とした第三者割当増資および金融機関からの融資によって、資金調達も実施している。
「出会いのコミュニケーションをアップデートし、出会いを豊かにしたい」と開発者の一人でスタジオプレーリー共同代表の坂木茜音氏は言う。いつ、どこで、どういう思いで、この文化を変えるかもしれない発明が行われたのか。話を聞いた。
プロフィール
スタジオプレーリー共同代表 坂木茜音
プレーリーカードのサービスを展開する株式会社スタジオプレーリー共同代表。クリエイティブディレクターやアーティスト、シェアハウスの管理人という肩書きを持ちながらプレーリーカードのサービスを開始。伝統工芸・アート・建築のバックグラウンドをもつ。
シェアハウスから誕生したアイデアの種
──プレーリーカードが生まれた経緯を少し詳しく教えてくれませんか。
私は2020年から、スタジオプレーリーの共同代表の片山大地を含めて、6人で「アサヒ荘」というシェアハウスで生活しているんです。私はそこの管理人もしていて。それで去年の秋ごろ、同居していたアーティストの友達が、アート活動のためにヨーロッパに行くことになったんです。
それで、大地さんとなにか餞別というか、せっかくだから何か活動を支援するようなものを作ってプレゼントをしようという話になりました。
友達はその時、海外でアート活動しながら出会った人に配るために、表面に自分の絵と名前が入っていて、裏面にインスタグラムのQRコードが入っている名刺をデザインして何百枚も印刷していたんですよ。友達は名刺を渡したその人にInstagramをフォローしてもらってSNSで繋がりたいんですね。
でもQRコードを読み込んでもらったり、IDを交換するのって少し手間がかかるじゃないですか。もっと簡単に、名刺にスマホをかざすだけでそれができたらすごいいいのにって話したんですよ。それで、いい方法を思いついたんですね。
──それからプレーリーカードの開発が始まったと。どれくらいの期間で作ったんですか?
交通系ICカードなんかに使われているNFCという非接触の通信技術を使っているんですが、大地さんがこの技術について知識を持っていたのと、私にデザインの知識があったので、大地さんがシステムを、私がカードデザインを作って、プロトタイプみたいなものは2週間ぐらいで完成しました。
無事にアーティストの友達が海外に行く前にできて。それなら、せっかくだし他の5人分も作ってプレゼントしようと思い、6人で使い始めたんです。そうしたら仲間うちで話題になって。それぞれがその友達に対して使うじゃないですか。
そうしたら、「なにこれめっちゃ便利じゃん」みたいな反響があちこちで起き、友達の友達も欲しいと要望があり、使ってもらっているとまたその友達も欲しいと。「あれ?これってすごい需要のあるツールなんじゃないか」って気づいたんです。
古きを温めて新しきを生み出す
──全てのきっかけになったアサヒ荘の管理人を坂木さんがしているというのも興味があるのですが、その経緯も教えていただけますか?
私は山口県生まれで、京都美術工芸大学という大学の出身なんですけど、大学4年生の夏ぐらいに人生経験的に面白いかなと思って初めてシェアハウスに住んだんです。
そうしたらめちゃくちゃハマってしまって、もう家に他の人がいないと暮らせないぐらいになってしまって(笑)。それで2020年に東京に出てくる前に私はバックパックを背負って9ヶ月ぐらい海外を旅しているんですが……ちょっと話が脱線してもいいですか。
──もちろんです。
大学で美術と日本の伝統工芸の勉強をしていて、日本の文化をすごく好きだと思っていたんですが、「なんで日本以外の文化を知らないのに日本が好きって言えるんだろう」と思い始めて、突然海外に行きたくなったんです。それで大学を卒業して就職せずに、フリーランスになって知り合いからデザインや企画の仕事をもらってお金を貯めて……実際は思ったより全然貯まらなかったんですけど、2019年1月に海外に旅立ったんですよ。
そうしたら、これもめちゃくちゃ余談なんですけど、ちょうどそのとき、前澤友作さんが100人に100万円を配る「お年玉企画」を実施するというのを知って、応募したら、なんと私が当選したんですよ。海外に行って2日目に前澤さんから当選のDMが届いて。そういうご縁もあって9ヶ月、いろんな国を旅することができたんです。
──すごい。実際に海外はいかがでしたか?
素晴らしい体験をすることができました。海外ではあんまり綺麗なホテルに泊まったり観光地を見て回ったりしないで、ヒッチハイクで移動して、その土地で友達になった人の家に泊めてもらってみたいな日々だったんですが、それで、いろんな文化に触れることができたんですね。現地の人と朝ご飯を一緒に作って食べるみたいな、彼らにとっての日常が私にとっては非日常で。
そうするうちに、文化って人が日々を積み重ねて出来上がっていくものなんだなっていうことに気づいたのと同時に、改めて日本ってすごく便利な国なんだなって思ったんですね。
それまで私は日本の古き良き歴史と伝統みたいなところにスポットを当てていたんですけど、同時に日本って最先端のものも作っているから、何を守って、何を新しくするのか、守破離みたいなところが面白いんだなと気付かせてもらったんです。
──その考え方はプレーリーカードにも繋がっているように思います。
そうなんですよ。名刺を差し出すという古き良き文化を守りつつ、一部デジタル化して、無駄を減らすという。それで話を戻しますが、日本に帰ってきて半年後に東京に出てくることになるのですが、やっぱりシェアハウスに住みたくて、こんな人たちと住みたいなと考えているうちに、自分で作ったほうが早いんじゃないかと思いまして。
シェアハウスができる家を探し始めて、知人づてで素敵な庭のある和風の家が北千住に見つかって、一緒に住みたい友達を誘ったら6人のメンバーが揃ったというわけなんです。人は入れ替わりましたが、今も6人で住んでいます。
社会課題を解決するために起業を決意
──そのシェアハウスの中で革新的プロダクトが生まれたというのがすごく面白いストーリーですよね。そこから起業を決意した理由はなんでしょうか?
友達の活動を支援するために、そして人との出会いをより豊かにするために作ったツールでしたが、これって社会課題も解決するツールなんじゃないかって思い始めたんです。
名刺って誰もが何も疑問を持たずに使っているツールですけど、今の時代に考え直してみれば課題がある。資源も無駄になっているし、渡した名刺から電話番号をスマホに登録してもらったり、SNSで検索してもらったり、QRコードをスキャンしてもらったりするのは相手の時間も無駄にしてしまっている。人と人とのつながり方がこれだけ変わったのに、名刺は文化として全然変わっていないわけです。
この文化を変えるのってめちゃくちゃ面白いし、やりがいがあるんじゃないかって思って、事業化を考えるようになったんです。2022年の10月ぐらいから事業化に向けた本格的な開発をスタートして、2023年の2月にリリースしました。
リリース後、想像していた以上にたくさんの反応をいただき、すごくいいスタートダッシュが切れたので、そこからどんどん可能性を広げているところです。私自身は二足の草鞋で起業家と会社員を続けた期間がありましたが、クリエイティブ会社を2023年の4月に退社して、5月からスタジオプレーリーにフルコミットしています。
──それにしてもスピード感がすごいです。
やっぱり、アサヒ荘のメンバーをはじめ、友達にアーリーアダプターがいたということが大きかったです。シェアハウスに住む人ってそもそも人と話すのが好きだったり、いろんなところに行くのが好きだったりするアクティブな人が多いと思うんです。
シェアハウスに集まる友達もまたアクティブな人が多い。そんな友達たちが使ってくれ、、フィードバックをくれたことで広がりと改善速度が早かったと思います。
年齢も職業もさまざまな人が使い方を拡げる
──リリースして半年で利用回数が10万回を突破したそうですね。順調にユーザーが増えているそうですが、どんな反響がありますか?
想像以上にいろんな方がいろんな使い方をしてくれていて驚いています。ユーザー層は当初、20代・30代の、フリーランスの方やIT系スタートアップに勤めている方を想定していました。その仮説はたしかに当たっていたのですが、実際はもっと幅広かったんです。
年代も職種もバラバラで、40代〜60代の方もたくさん使ってくれていますし、ラーメン屋さんや喫茶店の店主さんがショップカードの代わりに使ってくれていたり、本当にさまざまです。まだ使ったことのない方も多いので、ちょっとしたアイスブレークになるんですよ。
カードを出して、「スマホかざしてみてください」って言われて差し出したら、その人のプロフィールページが立ち上がる。そんな経験はあまりないので、すごく驚かれますし、雑談の種にもなります。
また、法人向けサービス「プレーリーカード for Business」は自治体や大企業への導入も進んでいます。実際にプレーリーカードを展示会で活用した結果、商談獲得数が6倍になったという定量的な結果も出ているほどです。
──最後に、このプロダクトによって日本をどう良くしていきたいと考えていますか?
名刺って日本で165年もの歴史があるツールなんです。言ってしまえば文化です。それが続いているところに、まずリスペクトを持たないといけないと思うんです。「お互いに名刺を差し出す動作」が「初めての挨拶での儀式」になっているんですよね。プレーリーカードはその伝統文化の型を少し残すというところにこだわりました。
自分だけのオリジナルデザインを印刷できるので、今まで通り自分の名前と社名やロゴを印刷することもできます。紙の名刺を持たない、渡さないということへの抵抗感や違和感を極力無くしたいからです。
日本は世界一の名刺消費国だと言われています。一人一人が意識しないと変わらないことが多い中でプレーリーカードは個人でのアクションがしやすいプロダクトです。紙名刺の課題を解決しながらも、名刺にとどまらず、「出会いの体験」をどう豊かにできるのかを日々考えながら今後もより良いサービスを届けていきたいです。
文・写真=嶺竜一
編集=新國翔大