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YOSORO連載2040年の日本を考える【対談】元アスリートがビジネスで躍動する時代を作りたい──メンタルブロックを外せばセカンドキャリアは自由に作れる 為末大・LayerX CEO 福島良典
【対談】元アスリートがビジネスで躍動する時代を作りたい──メンタルブロックを外せばセカンドキャリアは自由に作れる 為末大・LayerX CEO 福島良典

【対談】元アスリートがビジネスで躍動する時代を作りたい──メンタルブロックを外せばセカンドキャリアは自由に作れる 為末大・LayerX CEO 福島良典

2023.11.29
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ここ数年、日本のスポーツがアツい。東京五輪では過去最多のメダルを獲得。サッカー日本代表はW杯2022決勝トーナメント進出、WBCでは日本がアメリカを下し世界一になった。ラグビーW杯で日本代表は決勝トーナメント進出こそ逃したが大奮闘。男女バレーボールも男子バスケも、世界と戦えるレベルにまできている。

そんな日本のスポーツ界だが、実は大きな課題が2つある。1つは日本のスポーツの裾野を支える“部活動”顧問の過剰労働問題。日本の部活動の指導者はほぼ教師が“ボランティア”で行っている。残業や休日出勤手当、顧問手当てなどはない。日本の部活動は大抵、ほぼ毎日。平日の早朝や、夕方から夜まで、時には土日も稼働する。担任や進路指導のかたわらで行うには負担が大きすぎることが問題になっており、部活動自体の継続が難しくなっている。

もう1つの問題は、引退したスポーツ選手のセカンドキャリア問題だ。30代で引退して初めて社会人になる元アスリートを正規雇用する会社は多くはなく、雇用されても馴染めずに定着できないケースは少なくない。収入は激減したのにプロ時代の派手な生活から抜け出せず、破産してしまうケースもあるという。

日本スポーツの大躍進の陰で起きているこれら2つの問題を、解決することは可能なのか。そのヒントについて、LayerX代表取締役の福島良典が経営やビジネスとの共通点を踏まえながら為末大さんに話を聞いた。

プロフィール

プロフィール

Deportare Partners代表 為末 大

1978年広島県生まれ。スプリント種目の世界大会で日本人として初のメダル獲得者。男子400メートルハードルの日本記録保持者(2023年11月現在)。現在は執筆活動、身体に関わるプロジェクトを行うほか、アスリートとしての学びをまとめた近著『熟達論:人はいつまでも学び、成長できる』を通じて、人間の熟達について探求する。その他、主な著作は『Winning Alone』『諦める力』など。

プロフィール

LayerX代表取締役 福島良典

東京大学大学院工学系研究科卒。大学時代の専攻はコンピュータサイエンス、機械学習。 2012年大学院在学中に株式会社Gunosyを創業、代表取締役に就任し、創業よりおよそ2年半で東証マザーズ(現東証グロース)に上場。後に東証一部に市場変更。 2018年にLayerXの代表取締役CEOに就任。 2012年度IPA未踏スーパークリエータ認定。2016年Forbes Asiaよりアジアを代表する「30歳未満」に選出。2017年言語処理学会で論文賞受賞(共著)。

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2023.10.19

「常識を疑う」独自のメソッドを生み出す思考はどう作られたか

福島:為末さんが2001年に世界陸上の400mハードルで銅メダルを獲った時、僕は中学生でした。すごく興奮したことを鮮明に覚えています。今、僕が為末さんにすごく興味を持っているのは書籍『熟達論』で書かれていたり、SNSで発信されていたりする考え方です。

為末さんは、成功するためには人間の抗えない癖のようなものを認めて変えていくことが大事だとおっしゃっています。例えば嫉妬心について。普通は嫉妬心なんて認めたくないから目を背けると思うのですが、それを“あるもの”として認めて、どう変えていくかが大事ということが書かれてありました。為末さんは選手時代にはコーチをつけずに自分でトレーニングのメソッドを開発して実践されていたということも驚きでした。

常識を疑い、独自のメソッドを生み出していきながら、非常に客観的に思考している。経営者として非常に参考になります。まず、為末さんがそうした考え方を持つに至った経緯を教えていただけますか。

LayerX代表取締役の福島良典

為末:要因は3つあると思っています。1つは先天性のものですね。母が言うには、僕は子供の頃から足が速くて体も元気で、リーダーっぽいところがありました。と同時に、繊細なところもあって、人の心を察することができる性格だったそうです。

2つ目はアスリート時代に試行錯誤を繰り返したこと。陸上競技ってもともとかなり自己流でトレーニングをするようなところがあって、特に僕の選手時代の後半はほとんど自分で練習計画を立てていたんですね。そうすると、ほとんどの失敗は自分の失敗、つまりは自滅によるものなので、検証できるんです。

どこで何を間違えたのか、どういう認識のミスがあったのか、どこをどう変えるべきなのか、といったような。それを10年ほどぐるぐる繰り返していくうちに、わかってきたことがかなりあったんです。

3つ目は引退後。競技との距離が生まれて客観的になって、いろんな人と話したり、本を読んだりしてさまざまな知識を得ていく中で、選手時代にわかってきたものが整理されて、言葉で説明できるようになっていきました。整理すると、先天性、競技時代、引退後という3つのレイヤーでできてきたものを今、人に伝えているということです。

福島:やはり成功や失敗の要因は外側ではなく自分の内側にあるという考え方がとてもしっくりきます。それは経営にも似ている部分があると思うんです。会社経営ってチーム競技であって、競合他社と競争と思われがちですが、私はあまり外部環境を気にしないんです。私たち経営者はよく、「市場環境はどうですか」「なぜこのタイミングで意思決定をしたのですか」「競合はどこですか」などと聞かれますが、私はそれらのことはあまり会社の成功には関係ないと思っています。

最も大事なことは自分たちの会社の中の仕組みをどれだけ知っていて、本当の意味で強い部分や弱い部分はどこにあるのか、きちんと自己認識することだと思います。その上で私が普段考えていることは、いかに自分達のエラーを無くすかなんですよね。

為末:共通点がありますね。やはり個人競技の場合は自己認識を間違えてしまいがちなんですよ。ありたい自分、これが自分の強みであってほしいという願望に自分を寄せていってしまうんだけど、本当は違う部分が課題だったりする。いかに過不足なく自分を捉えるかが大事だと思います。

日本は才能を見出すセレクションシステムが機能している

福島:ところで近年の日本のスポーツの活躍は目覚ましいですね。東京オリンピックのメダル数は過去最高でしたし、野球や柔道はもちろん、サッカー、バレー、卓球、ラグビー、バスケットボール、ボクシングなど、世界を相手に大活躍している競技が圧倒的に増えている。特にバスケは僕が学生の頃は男子も女子もアジアで勝つのも難しくてヨーロッパのチームに勝つなど考えもしないレベルでした。何かが変わったのでしょうか。

為末:まず前提として、スポーツは人生を豊かにするものであって、楽しむという意味合いと、教育という意味合いと、競技スポーツであるという意味合いがあると思っています。その中に善悪はなくて、優先順位もない。それが私の基本的な考え方です。

その上で、競技スポーツのトップレベルを上げていくのはもちろん重要であるわけですが、その意味に限れば日本はかなり優れたセレクションシステムを持っています。大抵のスポーツは子供の頃から全国規模の大会があるので、もの凄く厳しいトレーニングを積んで、そこで才能が開花した子がピックアップされて、どんどん上のレイヤーに上がっていく。その仕組みが上手く機能しているんですね。

ただ、そうしてピックアップされた才能を強化する仕組み自体はそこまで育っていないと思いますね。日本は外国から名コーチを連れてきているから、強くなっているんだと言う人もいます。そうした面も否定しませんが、私はコーチの力よりも才能を見出す仕組みが機能している面が強いと思います。

福島:それでは今の日本のスポーツの仕組みは今のままでいいのでしょうか。

為末:そうとは思いません。というのも、セレクションから途中で脱落した子たちが、厳しい練習ばかりのスポーツが面白くなくなってしまって、卒業と同時にスポーツをやめてしまうんです。

仕方ないと思うかもしれませんが、スポーツを楽しんでいたら競技レベルが落ちるかというと実はそうでもありません。ドイツなどでは高校まで全国大会などはありませんが、それでも世界チャンピオンレベルのスポーツ選手をたくさん輩出しています。楽しむものとしてスポーツが生活に組み込まれ、定期的に続けて行けば、結果的に健康寿命が伸びて医療費の抑制にも繋がるかもしれません。

Deportare Partners代表 為末 大氏

福島:確かに部活はすごく厳しかったです。顧問の役割も、技術や戦術を教えるよりも、サボっていないか監視する要素の方が強い気もしていました。

バスケットが好きでやっているはずなのに、フットワークや走り込みなど、毎日こんな限界までキツい練習をして、捻挫したり疲労骨折したりする人もいて、テーピングガチガチに巻いて、なぜこんなにやらされているんだろうと。

為末:日本の部活はトレーニングが9割でパフォーマンスが1割ぐらいの感覚でやっているところが多い。でも外国では、ヨーロッパは比較的多いんですが、「ノートレーニング」がベースだったりするんですよ。バスケの部活でも、月曜日に体育館に集まって、1割から2割くらいトレーニングして、あとはずっとゲームして解散。次は木曜日ね、みたいな感じで。それでも部活って成立するんですよ。私は競技選手を目指す子以外は、ノートレーニングでいいと思っています。

ただそうすると、日本の中に根強くある、スポーツを通じて何かを学んだり、向上したりするという感覚を捨てなきゃいけないので、生真面目な日本人に合うのかはわかりません。「日本の、教育とスポーツを結びつける文化は素晴らしい」と世界でも言われているのですが、それが強すぎて、スポーツを楽しむ空気が少ないんですよね。

部活顧問の過剰労働問題はこうして解決できる

福島:私も強制されて嫌だった部分もありますが、それ以上に部活で学んだことが今生きてるなと思います。バランスが難しいですね。いずれにせよ部活顧問の教師の過剰労働の問題もあり、日本のスポーツは変化を求められていると思います。どうしたらいいとお考えでしょうか。

為末:部活顧問の仕組みはこれまで教師の犠牲の上に奇跡的に成り立ってきましたが、これ以上継続するのは無理です。OECDの中で日本の教師の労働時間は圧倒的に長いのですが、その理由は部活動です。平日の夜も土日も部活で潰れますからね。じゃあ部活動を無くせばあらゆる問題が解決されるのかというとそういうわけでもありません。部活動は中高生の学童保育(放課後の居場所)の役割を担っていて、共働きの親にとって必要な存在でもあるんですよ。

今、文部科学省は部活動を地域に預けようとしているのですが、今の活動量のままではとても地域も受け止められません。そんな毎日長時間見られるコーチも集められないからです。

福島:確かに日本の部活動の練習時間は長すぎると思います。オーバーワークで怪我する生徒も多いですし、勉強時間とのバランスを考えても、3分の2ぐらいに減らしてもいいのではないかと思います。

為末:おっしゃる通りで、日本の部活の練習時間は大体週に15時間ぐらいあるんです。これは世界を見ても圧倒的に長く、これを8時間から長くても10時間ぐらいに圧縮するべきだと思います。そしてその練習時間を内容によって分けるといいんです。

基礎トレーニングと個人でやる技術的な練習、チームでやる戦術的な練習の3つに分けてあげる。基礎トレーニングは違う競技であってもある程度は共通化できますから、地域の子供たちが1箇所に集まって、ウェイトトレーニングとかランニングのコーチが一緒に見てあげることができるんです。

個人の技術練習は生徒が自主練するか、お金を払ってプロコーチに教わってもらう。そうすると、チームでやるべき戦術的な練習は30%で、顧問の先生が見る時間は週3、4時間程度になる。それなら大丈夫だと思います。これはアメリカなどでは普通のやり方なんです。

セカンドキャリア問題と副業禁止文化は連動している

福島:為末さんは引退後にアスリートソサイエティという団体を作って引退したスポーツ選手のセカンドキャリア問題に取り組んでこられました。そうした元アスリートのセカンドキャリアとコーチ不足の問題が繋げられる余地がありそうですね。

為末:週に1〜2日程度のコーチができて、月に数万円程度貰えるような副業コーチが増えればいいと思います。専業コーチになろうとは思わない方がいいですね。仕事のパイがありません。実際、コーチの収入で食べていける人は日本だけでなく、世界で見てもほとんどいないんです。

もちろん欧米にもアスリートのセカンドキャリア問題はあるんですよ。でも、ヨーロッパでは日本ほど激しくは言われませんね。なぜかというとヨーロッパのスポーツ選手の多くはスパッと引退しないんです。プロのアスリートでやっていた人が、次には週のうち半分ぐらい就職して半分ぐらいアスリートを続けるという時期があって。最後はシニアアスリートとしてスポーツが週1日残って、そのスポーツはそのまま死ぬまで続けるという感じで“ミルフィーユ的”に引退していくんです。

スポーツも仕事も両方しながら、少しずつ配分を変えていくだけです。日本は引退したらズパッと辞めて、新しい仕事をフルコミットで始めるということになりがちなので、そこで上手く切り替えられなくてつまずいてしまい、セカンドキャリア問題が発生している気がします。

全くゼロに戻してのスタートである必要はない。アスリートの自分を全部を脱ぎ捨てていく必要もない。ただ、アスリート時代に築いた栄光にしがみついていてはいけません。もう通用しない部分はキッパリ捨てて、初心に戻って新しいものに取り組んでいくことは大切です。その気になれば1からプログラミングを学んでエンジニアになることもできるでしょう。

福島:日本にはこれまで副業文化がなかったことも影響しているのかもしれませんね。

為末:日本のセカンドキャリアの問題は、大きな視点で見れば、日本の終身雇用や専業文化とも結びついていると思います。例えば日本の中学校では、一つの競技で大会に出たら他の競技で大会に出てはいけないというルールがあったんです。

今はわかりませんが、僕が中学の時は、野球と陸上の両方の大会に出ることはできなかったし、途中でスポーツを変えるのも嫌がられる時代でした。部活を辞める人は落ちこぼれで、人生ずっと諦めなきゃならないみたいな雰囲気がありました。僕は日本の部活の専業文化が日本社会の就業文化に影響しているんじゃないかと思うんです。

転職がドロップアウトのように思われていた文化とか、長時間ひたすら働くことが賞賛されていた文化とか、副業を禁止する文化とか。スポーツ選手のセカンドキャリア問題を解決しようと思ったら、この日本の組織と個人の文化に切り込まないといけないだろうと思います。

福島:コロナを経てここ数年で働き方や組織文化は一気に変わったので、元アスリートの方たちも、私たちも、メンタルブロックを外さないといけないですね。

為末:そうですね。社会に自分たちを合わせるのではなく、自分のキャリアは自分で作っていくということが大事なのだと思います。

スポーツではメンタルブロックってものすごい大きく作用するんです。今、100mを9秒台で走った日本人選手が4人いますよね。朝原宣治さんが1997年10秒08を出して、伊東浩司さんが98年に10秒00を出してから、いよいよ日本人も9秒台だと言われ続けたのですが、それから20年間も10秒を切れなかったんです。そこにメンタルブロックがあったんだと思います。

それが2017年位桐生祥秀くんが9秒98を出したら、立て続けに4人も9秒台を叩き出した。でも10秒を切れなかった時代の選手の身体データと、9秒台の4人の選手の身体データを比較すると、ポテンシャルは全く一緒なんです。不思議ですよね。

僕は桐生くんが10秒を切った途端に、皆のメンタルブロックが外れたんだと思うんですよ。日本人でも9秒台は出せるんだと、マインドセットが変わった。

僕はセカンドキャリアもそれに近いものがあるんじゃないかと思っているんです。僕はスタートアップに投資をしたり、これからは教育に力を入れていこうと思っていますが、そうしたことを通じて、元アスリートが起業して上場したりとか、すごいプログラマーになるとか、いろんな成功事例を作って、引退するアスリートのマインドセットが変わるようなことをしたいと思うんです。

正直、解説者になったり、タレントになったり、専業コーチになったりする道は限られている。でもそのほかにいろんな生き方があって、組み立て方は自由だ。メンタルブロックを壊して、キャリアは自分で自由に作っていけるということを伝えていきたいですね。セカンドキャリアは決して怖いことじゃないんだ、と。

文・写真=嶺竜一

編集=新國翔大

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