対話型AI「ChatGPT」の開発元であるOpenAI。いま、最も注目すべき企業のCEOを務めるサム・アルトマン氏が2023年6月に来日し、慶應義塾大学三田キャンパスを訪問した。1時間ほどの学生たちの対話の中で、さまざまな質問が投げかけられた。
前編に続き、後編ではサム・アルトマン氏が語った「経営者としての心構え」についての内容をお届けする。OpenAI CEOであり、過去には米名門アクセラレーター・Y Combinator(YC)のCEOを務めていた経験を持つ。そんなアルトマン氏が語った、経営者として決断する際に意識していること、モチベーションとの向き合い方とは──。
ミッションによってチームが団結し、モチベーションが維持できる
──想像を現実にする方法を教えて欲しいです。数年前までAGIは遠い存在でしたが、一部の人にとっては身近なものになっています。どうすれば一見難しいと思えるような想像を現実のものにできるのでしょうか?
まずは取り組んでみるのがいいと思います。長い間、「この人は何を言っているんだ」というように周りに誤解されたとしても、いずれその価値に気付くときがあるかもしれません。私が2016年1月にOpenAIを立ち上げたときは(創業の発表は2015年12月でしたが)、「AGI(汎用人工知能)は実現したとして100年先のことだ」「おそらく実現することはないだろう」と言われました。
それによって若干やる気が削がれることもありましたが、私たちはそれが社会にとって重要だと信じていたのでやり抜いたのです。また、自分たちがやりたいことは物理法則に反することではないことも分かっていました。ですから、仮に失敗したとしても取り組み続けようと決めたのです。失敗する確率は高いかもしれないと仮定していたのですが、それと同時に成功した時はすごいことになるという確信がありました。
同じように、今あなたが難しいと思えるようなことに取り組んだら、失敗するかもしれませんが、成功したらすごいことになるでしょう。それがあなたのやりたいことならやるべきです。私たちも、AGIの開発を始めた頃はどうなるかわかりませんでした。ルービックキューブやビデオゲームのできるロボットといったアイデアはありましたが、言語モデルについては全く知らなかったんです。しかし、進みたい方向や到達したい場所は分かっていました。だからこそ、先に進むことができたのです。
──どのようにチームメンバーのモチベーションを維持してきましたか。優れたチームワークの秘訣は何だと思いますか?
この質問へは、当社が世界で一番簡単に答えられるでしょう。なぜなら、私たちはAGIを開発している企業だからです。これ(AGIの開発)は最も興味深く、社会への影響が大きく、最高にクールなミッションだと思います。ですから、このミッションに高いモチベーションを感じることは自然なことです。
このミッションを達成することを心から信じていない人が我々のチームに加わったとしても、ロードマップを見て実際に仕事をし始めると、ほとんどの人はすぐにその可能性を信じるようになります。このようなミッションを掲げているチームなので、コンスタントにモチベーションを保つことができるんです。
また、チームワークも同様です。もちろん人間関係の問題が起こることも多々ありますが、OpenAIには「これをしっかりとやり遂げることが私にとってすごく重要なんです」「これはすごく重要なことなので、個人間のいざこざは一旦忘れて、みんなで貢献しましょう」と積極的に伝え合う文化が根づいています。完璧なチームではありませんが、私がこれまでに見たどの会社よりも良いチームです。
仕事へのモチベーションを高く保つ「2つの秘訣」
──アルトマンさんはすでに大きな成功をおさめており、経済的に見れば働き続ける必要はないはずです。それでも仕事をされているということは、ご自身の中に「世界を変えたい」というモチベーションがあるのだと思います。そのモチベーションはいつもあるものですか。それとも、モチベーションがないときもあるのでしょうか?
多くの人と同じように、私もモチベーションが出ない時期が続くことがあります。でも、常に全力で働くモチベーションがある人はいないと思いますし、誰でもキャリアにおいて好調なときと不調のときがあります。実際、長い休暇をとったことが2回あり、そのときは昼まで寝て、ビデオゲームを1日中するといった生活をしていました。私は、自分が興味を持てることに対しては高いモチベーションで取り組めるタイプです。
一方で、興味が持てないことにはモチベーションを感じることができません。やった方がいいと思っていることは山ほどあるのですが、もう自分はやらないだろうと割り切っています。私はそれでいいんです。多くの人は自分のモチベーションが高いときの話をしますが、全くモチベーションがないときもあるのが普通です。
私のモチベーションを高く保つ秘訣は、自分に合ったプロジェクトを選ぶこと、自分に合った人たちと一緒にいることです。自分のモチベーションが高くないときは、大体この2つが上手くいっていないことが多いと気付きました。
──これまでの仕事で遭遇した最も大きな課題は何でしょうか。その課題に対して、どのように対処しましたか?
OpenAIの創業当初もさまざまな課題に直面しました。どれもひどいものでした。資金が底をつきそうになり、何もうまくいかない。取引ができない、優秀な人材を雇えない、何に取り組んだらいいかわからない……など最初の1年半は何をしていいかわからず、プロダクトもゼロで、創業から4年間はプロダクトのアイデアがありませんでした。
ただし、大切なのはいくつもの課題に対処し、そこから学びを得ることです。これらの課題はどれも大変で圧倒されそうになりますが、そこから素早く学ぶことで乗り越えられるようになります。
──貴重な考えをお話しいただきありがとうございました。アルトマンさんはこれまで大きな決断をたくさんされてきたと思いますが、決断する際に重要なことは何でしょうか?
限られたデータの中で正しい決断をすることだと思います。常に正しい決断をすることは難しい。ですが、できる限り正しい決断ができれば、それでいいんです。
自分が理想とするようなデータの量や時間を確保できることはないでしょうが、それでも誰もが正しい決断をするための独自の方法論を持っていると思います。私の一番の強みは、驚くほど才能に満ち溢れた仲間たちです。ほとんどの場合、チームメンバーが正しい決断をしてくれるので、私が決断をする必要はほぼありません。
それでも、会社としての意思決定や、意見の不一致などで私が決断しなければならない場合は、社内の人からさまざまな視点の考えを聞くようにしています。私にとって(スタートアップ投資家としても、OpenAIのCEOとしても)重要なことは、指数関数的な成長を遂げるための直感を磨くことです。これは私が苦労していることでもあります。おそらくほとんどの人にとって難しいことではないでしょうか。
大きな決断をする際はこの点を重視し、「指数曲線が右肩上がりを続けたらどうなるか?」「それは何を意味するのか?」「私たちは何をするべきなのか?」「その年はどのような計画を立てるべきか?」といったことを考えるよう心がけています。
今は技術革命の黄金時代。私たちは何を学ぶべきか?
──もう1度大学生になれるとしたら、どの分野・科目を専攻しますか?
私たちは、技術革命の黄金時代に突入していると思います。少なくともインターネットが普及して以降、(私は子どもだったのであまり覚えていませんが)、信じられないほど楽しく、刺激的な状態が続いています。ですから、何を学ぶかは関係ありません。なぜなら、あらゆる業界が互いに関係し合っているからです。
個人的には、思考の方法を学ぶのに最適な枠組みだと思う科学・テクノロジー分野を選びますが、違う意見の人がいてもいいと思います。重要なスキルは創造力・適応力・ねばり強さ、そして、目まぐるしく変わる世界とともに素早く変化することを学ぶ力です。
コンピューターで何でもできる今の時代、やるべきことを見出すスキル(他の人が何を求めているか、何が役に立つか)が特に求められており、これはどの科目を専攻しても学ぶことができます。仮に私が学生に戻れるとしたら、いろいろなツールの最新情報に常にアンテナを張り、必要であればすぐに人生設計を変える心構えを持つでしょう。
──将来シリコンバレーの企業で働くには、どのようなスキルを習得する必要がありますか?
高いプログラミングスキルや、複雑なシステムについて考えるスキルはどんな時も役に立ちます。問題の全体像を捉えられるような幅広い知識とともに、いくつかの分野の専門知識を身につけるのが良いでしょう。広いベースを持ったうえで、どこを深く追求していくかを考えるのが重要だと思います。
ツールを使い倒して、それについて深く知り(何が可能か、これからどんな進歩を遂げるか、それをどのように使うか)、新しいツールが出るたびにどんどん使って精通していくことが、今後10年間で最も重要なスキルになると思います。
そして誰もが、今からそれに向けて取り組むことができます。GPT-5のトレーニングがしたいとしたら、分散ツールと分析研究の2つが最も重要な分野になるでしょう。とはいえ、OpenAIではさまざまな分野出身の人が活躍しています。物理学者や数学専攻の人など、プログラミングや分析の経験が全くなかった人でも、そのスキルを素早く習得しました。ただ確実に言えるのは、しっかりとした分析の背景知識・経験は私たちがしているような仕事に役立つということです。
構成=新國翔大
編集=福岡夏樹
写真=近藤玲子