「ChatGPT(GPT-4)の登場によって、AIの進化を強く感じました。サービスのあり方は大きく変わる。くふうカンパニーグループが保有するデータを掛け合わせれば、ユーザーの暮らしをもっと良くしていけるのではないかと思ったんです」
こう語るのは、くふうカンパニーの代表執行役の閑歳孝子氏だ。彼女は記者・編集職、Webディレクターを経験した後、独学でプログラミングを学習。プライベートの時間を使い、個人で家計簿アプリ「Zaim」を開発した人物として知られる。2011年にリリースしたZaimは現在、1000万ダウンロードを超える規模に成長した。
運営元であるZaimの代表取締役として約12年、会社の舵取りをしてきた彼女は2023年5月、暮らしを軸に複数サービスを展開するくふうカンパニーの代表執行役に就任した。
Zaimは2019年1月にくふうカンパニーグループに参画し、閑歳氏は4年半、グループ内でZaimの成長に力を注いできた。そんな彼女がなぜ、親会社であるくふうカンパニーの代表執行役に就任することになったのか。その背景には、ChatGPTを筆頭とした生成系AIの存在が大きく関係しているという。閑歳氏にくふうカンパニー代表執行役に就任することになった経緯、そして生成系AIの可能性について話を聞いた。
プロフィール
くふうカンパニー代表執行役 閑歳孝子
株式会社日経BPで記者を3年半経験した後、ITベンチャー企業に転身。並行してプログラミングを独学し、個人で家計簿サービス「Zaim」を開発。2012年に株式会社 Zaim(現 株式会社くふう AI スタジオ)の代表取締役に就任。2023年、株式会社くふうカンパニー代表執行役に就任し、くふうカンパニーグループ全体のユーザー体験領域を管掌。
仕事のあり方が変わる、ChatGPTに受けた衝撃
──2023年5月、くふうカンパニーの代表執行役に就任されました。
きっかけとなったのは、OpenAIが開発する大規模言語モデルシステム「GPT-4」のリリースです。たしか2023年3月15日にリリースされたと思います。
私自身、その一つ前のシステムである「GPT-3.5」の頃から生成系AIには触れていました。ただ当時は「人工無能感」があったと言いますか。基本的な応対はできるのですが、質問に対して返ってくる答えがどこか嘘っぽかったんです。
「さすがにこのままでは使えないな」と考えていたら、「GPT-4」がリリースされて。すぐ触ってみて、「GPT-4」に簡単なアプリケーションをつくってもらいました。もちろん間違っている部分もいくつかあったのですが、「ここが間違っている」と伝えたら、「失礼しました」と言って修正されていったんです。そのやり取りを繰り返していく過程で、私が作りたいと思っている機能を「GPT-4」が解釈していき、必要最低限のアプリケーションが開発できました。このとき、すごく衝撃を覚えましたね。
エンジニアの仕事はそうですが、それ以外の仕事も含めて、生成系AIによって「仕事のあり方」が大きく変わってしまうんだろうなと感じたんです。当時、Zaimの代表を務めていたので、社内メンバーに「今までとは考え方を変えて、サービスづくりに取り組む必要がある」ということを伝えなければいけないと思い、30ページくらいの生成系AIに関する資料を作成。その資料はZaimの全体定例で共有しました。
同じタイミングで、くふうカンパニーグループでも生成系AIに注力する動きが出てきたんです。その後、同年4月にくふうカンパニーグループ全体で生成系AIに関する取り組みをディスカッションする機会があり、そこで前述の資料を説明しました。くふうカンパニーグループは住まいや結婚など“暮らし”を軸に複数のサービスを展開する会社です。このときは、提供するサービス体験やデータの取り扱い方も含めて、生成系AIに関する取り組みは全社横断で戦略を練っていく必要があると思っていました。
その考えも資料に追加して話をしたところ、「その方向で戦略を考えていこう」となり、いくつかの議論を経た結果、自分が新たに代表執行役に就任することになりました。
「私が代表になりたい」という想いがあったかと言われたら、全然そんなことはなくて。くふうカンパニーグループ全体でこう変わっていった方がいいのではないかと話をしていく流れの中で、結果的に私が代表執行役を務めることになったという感じです。
──いち企業からグループ全体の代表になったわけですが、何か変化は感じていますか?
ひとつのサービスを見て戦略を考える立場から、複数のサービスを含めたグループ全体の戦略を考える立場になって、やはり大きな変化を感じています。それこそ、各事業に対する知識が足りていない部分があるので必死にインプットをしているところです。
ただ、各グループ企業にはそれぞれ事業にコミットしている代表がいます。私がやるべきは、いかに横の繋がりを増やしていけるかです。各事業に対する解像度を高めながら、横の繋がりを増やしていく。それに加えて、生成系AIを活用した開発にも取り組めていけたらと思っています。
今後はすべての体験にAIが加わる「AX」時代になる
──閑歳さんがZaimを立ち上げたのは2011年。当時はスマートフォンが世間に普及し始めるなど「スマホ革命」が起きていた時代です。スマートフォンの登場でさまざまなことが変化しましたが、今回のChatGPTによる変化を閑歳さんはどう捉えていますか。
今回はスマートフォンが登場したような「ハードウェアの変化」というよりも、ソフトウェアのあり方が大きく変わってしまうことが重要なポイントだと思います。
Microsoftの「Bing AI Chat」やGoogleの「Bard」など生成系AIのサービスはいくつか登場していますが、その中でもChatGPTがすごいと感じたのはUI/UXです。誰にとっても分かりやすく簡単に使えるUI/UXで、かつ用途の幅が広かったからこそ、一気に広まったんだと思います。
今年のゴールデンウィークに母と会った際、「ChatGPTってどうなの?使ってみたい」と言われたので、スマートフォン上で使えるようにして渡したんです。母は「東京駅付近で美味しいレストランを教えて」と質問したのですが、課金していなかったのでバージョンは 「GPT-3.5」で、プラグインもなかったため「私にはわかりません」と回答されました。
そこでは「残念」という感じで終わったのですが、もし「東京駅付近で今の時間帯であれば、このお店がおすすめです、このまま予約できますよ」などと回答されていたら、きっと母はChatGPTを当たり前に使うようになり、Google検索を使わなくなるんだろうなと感じました。
このようにソフトウェア体験自体を大きく変えてしまう可能性を秘めているのが生成系AIだと思っています。一方で、いまのChatGPTの形が完成形かと言われたら、決してそうではない。まだ過渡期にある。チャットのインターフェースが絶対に良いかと言うとそうではなく、誰にも正解が見えていないと思うんです。
ただ、ChatGPTなどの生成系AIがソフトウェア体験を変えるのは間違いない。今後、会社としてはすべての体験にAIが当たり前に入ってくるAX(AI Transformation)を前提に、開発の仕方も含めて組織づくりに取り組んでいくべきと考えているところです。
──生成系AIの活用に関して、現時点でどのような戦略をお持ちですか?
くふうカンパニーグループが展開する既存のサービスに生成系AIを組み込んだら、こういうことが実現できるのではないかといった活用のアイデアは少しずつ社内で出始めています。分かりやすい例としては、Zaimが今年4月末にリリースした新機能「Zaim 買いものレシピ AI」がそうです。これはChatGPTの開発元であるOpenAIのAPIを活用し、ユーザーの購買履歴をもとに過去1〜2 週間で購入した食料品を使ったレシピを自動で提案するものです。こういった既存サービスとの組み合わせによる活用は、今後もっと増やしていきたいですね。
将来的に“くふうカンパニーグループならではの価値”を提供していくために重要となるのが、豊富なオリジナルデータです。他にはない独自のデータがどれだけあるか。くふうカンパニーグループは暮らしを軸に、さまざまな事業を展開しているので、データは豊富にあります。詳しいことはまだ決まっていない部分がありますが、大きな可能性があると思っています。
──その一方で課題などはどう見ていますか?
国も含めて現在進行形で議論が進んでいますが、AIが利活用するデータは誰のものか、どう整理するのかは法律だけではなく社会的な共通認識を醸成していく必要があると考えています。例えば画像系のAIが普及した結果、自ら描いていたイラストレーターの仕事が激減したという声もあります。また、アメリカのハリウッドでは俳優や脚本家が「AIで仕事が奪われる」とストライキが巻き起こりました。
技術革新があると新しい仕事が生まれるとともに、仕事がなくなる人も出てきてしまいます。どう雇用を生み出し、スイッチさせていくかを含め、AIが社会に前向きに受け入れられていくための仕組みづくりや情報発信も非常に重要になってくるでしょう。
──最後に、閑歳さんが考える「日本をより良くするための考え」があれば教えてください。
まず、日本にはたくさんの社会課題があります。少子高齢化、給料が30年間上がらないなどがそうです。海外と比べて日本は1人あたりの年収は決して大きく伸長しているわけではありません。一方で結婚しない、子どもを持たないという選択をする人も増え、結果的に少子高齢化が加速しています。
大きな問題とはいえ、いまの社会構造が急速にガラッと変わっていくわけではないので、こうした状況を前提に「どういう社会にしていくべきか」を考えるべきです。例えば、今後は自動化できるものは自動化していくことが、より重要になるでしょう。
ここ数年でコンビニでもセルフレジが導入され、多くの人が使いこなせるようになってきました。そういった自動化できるシステムを活用し、少ない人数でも快適に社会が回る仕組みが今後はすごく重要な役割を担うようになっていくはずです。その結果、今よりももっと多様な働き方や時間の使い方、お金の使い方が受け入れられていく社会になっていくと考えています。
これまでの社会の固定概念が、まだまだ強く横たわっている状況もあるでしょう。ですが、あまたある情報や選択肢の中から「こういう働き方をしたい」「お金の使い方をしたい」「時間を使いたい」という意思を持ち、行動できる人が増えていくと、より過ごしやすく、幸せな社会を実現できるんじゃないかと考えています。
そして「これをやるといいですよ」と私たちサービスの側から直接的に誘導するというよりも、本人が「こういったことが実はできるんじゃないか」と発見する、それを促すコミュニケーションがポイントになるでしょう。ここはAIの腕の見せどころです。そうした自立して自ら行動を掴み取る個人が増えていくことこそが、日本という社会を強くしていく原動力になります。くふうカンパニーグループとしては、まさにそこへ貢献していきたいと考えています。
文=新國翔大
編集=福岡夏樹
写真=小田駿一